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俺が目を覚ました場所は
思っていたよりずっと普通の草原だった。
やたら幻想的でもなければ
光が舞っているわけでもない。
ただ、背の低い草が一面に広がっていて、
風が吹くたびに、さわさわと音を立てる。
空は高い。
雲は白くて、動きが遅い。
「……天気だけはいいな」
それが、異世界での第一声だった。
寝転がっていた地面は少し湿っていて、
服の背中がひんやりする。
土の匂いがするあたり、舗装はされていない。
「夢なら、もうちょい演出してほしい」
起き上がって周囲を見回す。
道らしき踏み跡が一本。
遠くには、低い丘と、
さらにその向こうに、建物らしい影。
「……村、かな」
希望を込めた疑問形。
この世界で一人ぼっちは、
俺のメンタル的に即アウトだ。
歩き出すと、草が足に当たる。
靴は見慣れたスニーカーのまま。
完全に場違いだ。
「この格好で冒険は無理だろ……」
そのとき、後ろから声がした。
「おい」
振り向く。
道の先に、槍を持った男が二人。
革の鎧。
鉄の兜。
どう見てもファンタジー。
「……あー、はい」
返事が弱いのは仕様だ。
「ここで何をしている」
「寝てました」
「なぜ」
「……分かりません」
正直に言ったら二人同時にため息をつかれた。
「最近、こういうの多いな」
「また“記憶がない系”か」
ジャンル扱いされている。
「街はあっちだ」
槍で方向を示される。
「変なことするなよ」
「その“変なこと”の基準を教えてほしいです」
「聞くな。考えろ」
無理難題を押しつけられた。
街――というより、
大きめの村だった。
木と石でできた家が並び、
煙突から細い煙が上がっている。
市場では野菜と肉が並び、
子どもが走り回り、
鎧姿の冒険者が酒を飲んでいる。
生活感が、やたらリアルだ。
「……思ったより、ちゃんとしてる」
誰も俺に注目しない。
勇者感ゼロ。
ありがたい。
門の横の小屋で止められる。
「名前」
「未定です」
「未定?」
「仮でもいいですか」
「早く決めなさい」
仕方なく答える。
「……タダノです」
「適当ですね」
「そういう人生なので」
紙に書かれる。
「職業」
「無職です」
「……正直でよろしい」
褒められてる気がしない。
宿屋は、木造で古いが清潔だった。
床はきしむし、
壁には年季の入った剣が飾ってある。
「一泊、銀貨二枚」
女将は淡々としている。
財布を開く。
見覚えのない銀貨が、少し。
「……足ります?」
「足りる。でも長居はできないよ」
「ですよね」
部屋は狭い。
ベッドと机と、窓。
窓から見えるのは、
夕方の村と、
ゆっくり伸びる影。
ベッドに腰を下ろして、俺は思った。
命の危険も、
使命も、
魔王も、
今のところ来ていない。
「悪くないな」
そう思ってしまった時点で、
たぶん俺は――
この世界でも、
ろくな生き方をしない。
物語は、
草の匂いと、
安宿の軋む音の中で、
静かに始まった。




