ミレア回
ヒルダが王都へ行ってから三日。
町はいつも通りだった。
驚くほど普通。
世界は個人の感傷を待ってくれない。
畑も待ってくれない。
俺は今日も立っていた。
一人。
後ろで祈る声はない。
代わりに風が強い。
なんかうるさい。
カラスもどきが三羽来た。
増えてる。
ヒルダいなくなったの知ってるのか。
俺は睨む。
カラスもどきが首をかしげる。
なぜか一羽だけ俺の足元に降りた。
近い。
怖い。
そのとき。
「……何やってるの?」
声。
振り向く。
そこにいたのは、
小柄な少女だった。
ボサボサの黒髪。
やや目つきが悪い。
手に分厚い本。
ローブではない。
杖もない。
代わりに、紙束。
嫌な予感しかしない。
「仕事だ」
俺は言う。
「立ってるだけじゃん」
正論やめろ。
少女は畑を見回す。
「これ、戦術?」
「心理戦だ」
言ってから後悔する。
目が光った。
「やっぱり!」
やっぱり、じゃない。
「動かないことで威圧を与える型……」
本をめくり始めた。
「書いてないけど理論上あり得る……」
やめろ。
理論にするな。
「君は?」
俺が聞く。
「研究者」
一番面倒なやつだ。
「名前は?」
「ミレア」
嫌な響きだ。
頭良さそうだ。
ミレアは俺の周囲をぐるぐる回る。
「足幅、一定」
「視線固定」
「無駄な魔力消費なし」
違う。
ただ疲れない立ち方をしているだけだ。
「弟子にしてください」
は?
「この“無為威圧型”を完成させたい」
名前をつけるな。
「断る」
即答。
「報酬出る」
揺れる。
「研究費ある」
かなり揺れる。
「何するんだ」
「あなたの隣に立つ」
最悪だ。
翌日。
畑。
俺の隣にミレア。
分厚い本を持ったまま立っている。
カラスもどきが来る。
二人で無言。
三十秒。
カラスが去る。
ミレアが震える。
「やっぱり効果ある!」
ない。
偶然だ。
ギルド。
掲示板に紙が増えている。
【無為威圧型・実証実験中】
誰だ貼ったの。
ミレアだ。
新人が集まる。
「これが噂の型か……」
噂になるな。
ミレアが説明し始める。
「重要なのは“存在感の希薄さ”です」
俺を見る。
失礼だ。
だが的確だ。
「この人は特に優れている」
どこが。
「自己主張ゼロ」
褒めてるのか。
その日の夕方。
なぜか小規模講習会になった。
俺は前に立たされる。
やめろ。
立つだけなら端でいい。
「まず、何も考えない」
ミレアが言う。
それは得意だ。
「次に、動かない」
それも得意だ。
「最後に、期待しない」
人生論になってきた。
新人が真似する。
畑に五人立つ。
全員無言。
異様。
カラスもどきが来ない。
たまたまだ。
絶対たまたまだ。
翌日。
依頼欄に新枠。
【立ち専門補助】
終わった。
ミレアが満足そうに言う。
「やっぱりあなた、面白い」
面白くない人生だ。
「ヒルダって人、王都行ったんでしょ?」
なぜ知っている。
「その代わり、私がいる」
代わりは求めてない。
「よろしく、先生」
違う。
俺は先生じゃない。
ただ立っているだけだ。
だが気づく。
ヒルダのときと同じだ。
また誰かが、隣に立っている。
今度は祈らない。
代わりに分析している。
うるさい。
畑に夕日が沈む。
俺とミレアが並んで立つ。
カラスもどきが遠くで鳴く。
ミレアが小声で言う。
「……ねえ」
「本当は何も考えてないでしょ?」
ばれた。
「うるさい」
「最高」
何がだ。
こうして。
ヒルダの代わりではない、
まったく別方向に面倒な新キャラが誕生した。
俺の人生は静かにならないらしい。
畑は今日も平和。
俺の周囲だけが、
なぜか賑やかだ。




