19
ヒルダが王都へ行ってから三日。
町はいつも通りだった。
驚くほど普通。
世界は個人の感傷を待ってくれない。
畑も待ってくれない。
俺は今日も立っていた。
一人。
後ろで祈る声はない。
代わりに風が強い。
なんかうるさい。
カラスもどきが三羽来た。
増えてる。
ヒルダいなくなったの知ってるのか。
俺は睨む。
カラスもどきが首をかしげる。
なぜか一羽だけ俺の足元に降りた。
近い。
怖い。
そのとき。
「……何やってるの?」
声。
振り向く。
そこにいたのは、
小柄な少女だった。
ボサボサの黒髪。
やや目つきが悪い。
手に分厚い本。
ローブではない。
杖もない。
代わりに、紙束。
嫌な予感しかしない。
「仕事だ」
俺は言う。
「立ってるだけじゃん」
正論やめろ。
少女は畑を見回す。
「これ、戦術?」
「心理戦だ」
言ってから後悔する。
目が光った。
「やっぱり!」
やっぱり、じゃない。
「動かないことで威圧を与える型……」
本をめくり始めた。
「書いてないけど理論上あり得る……」
やめろ。
理論にするな。
「君は?」
俺が聞く。
「研究者」
一番面倒なやつだ。
「名前は?」
「ミレア」
嫌な響きだ。
頭良さそうだ。
ミレアは俺の周囲をぐるぐる回る。
「足幅、一定」
「視線固定」
「無駄な魔力消費なし」
違う。
ただ疲れない立ち方をしているだけだ。
「弟子にしてください」
は?
「この“無為威圧型”を完成させたい」
名前をつけるな。
「断る」
即答。
「報酬出る」
揺れる。
「研究費ある」
かなり揺れる。
「何するんだ」
「あなたの隣に立つ」
最悪だ。
翌日。
畑。
俺の隣にミレア。
分厚い本を持ったまま立っている。
カラスもどきが来る。
二人で無言。
三十秒。
カラスが去る。
ミレアが震える。
「やっぱり効果ある!」
ない。
偶然だ。
ギルド。
掲示板に紙が増えている。
【無為威圧型・実証実験中】
誰だ貼ったの。
ミレアだ。
新人が集まる。
「これが噂の型か……」
噂になるな。
ミレアが説明し始める。
「重要なのは“存在感の希薄さ”です」
俺を見る。
失礼だ。
だが的確だ。
「この人は特に優れている」
どこが。
「自己主張ゼロ」
褒めてるのか。
その日の夕方。
なぜか小規模講習会になった。
俺は前に立たされる。
やめろ。
立つだけなら端でいい。
「まず、何も考えない」
ミレアが言う。
それは得意だ。
「次に、動かない」
それも得意だ。
「最後に、期待しない」
人生論になってきた。
新人が真似する。
畑に五人立つ。
全員無言。
異様。
カラスもどきが来ない。
たまたまだ。
絶対たまたまだ。
翌日。
依頼欄に新枠。
【立ち専門補助】
終わった。
ミレアが満足そうに言う。
「やっぱりあなた、面白い」
面白くない人生だ。
「ヒルダって人、王都行ったんでしょ?」
なぜ知っている。
「その代わり、私がいる」
代わりは求めてない。
「よろしく、先生」
違う。
俺は先生じゃない。
ただ立っているだけだ。
だが気づく。
ヒルダのときと同じだ。
また誰かが、隣に立っている。
今度は祈らない。
代わりに分析している。
うるさい。
畑に夕日が沈む。
俺とミレアが並んで立つ。
カラスもどきが遠くで鳴く。
ミレアが小声で言う。
「……ねえ」
「本当は何も考えてないでしょ?」
ばれた。
「うるさい」
「最高」
何がだ。
こうして。
ヒルダの代わりではない、
まったく別方向に面倒な新キャラが誕生した。
俺の人生は静かにならないらしい。
畑は今日も平和。
俺の周囲だけが、
なぜか賑やかだ。




