赤文字ヒルダの回
ヒルダが上級パーティー補助に入ってから二週間。
ギルドの空気が変わった。
掲示板中央に、彼女の名前。
しかも赤文字。
赤文字って何だ。
俺はいまだに鉛筆書きだぞ。
朝。
ギルドに入るとざわめきが起きる。
俺にじゃない。
奥だ。
ヒルダが入ってきた。
軽装。
動きに無駄がない。
なんか光っている気がする。
気のせいかもしれないが、
前より姿勢が良い。
俺は壁際に寄る。
いつものポジション。
「ヒルダさん!」
「この前の討伐、すごかったです!」
「回復の速度、異常でした!」
囲まれている。
俺が入る余地がない。
というか入らない。
入る勇気もない。
受付が言う。
「今や“白の灯火”ですからね」
二つ名ついてる。
俺は?
畑の人。
ヒルダが俺に気づく。
「あ……」
一瞬だけ、昔みたいな顔になる。
だがすぐに横から声が飛ぶ。
「次の遠征の件ですが!」
持っていかれる。
物理的に。
俺は掲示板の端を見る。
【簡易荷物持ち】
【見習い補助】
懐かしいラインナップ。
俺の現在地。
昼。
宿。
ヒルダの姿はない。
遠征準備らしい。
パンをかじる。
今日は厚い。
なのに味が薄い。
気分の問題だ。
絶対そうだ。
数日後。
ヒルダが遠征から戻る。
ギルドが拍手で迎える。
俺は拍手の端。
端の拍手。
「無事で何よりです!」
「さすが白の灯火!」
灯火って。
畑では風扱いだったのに。
ヒルダが俺に近づこうとする。
だが先に上級剣士が声をかける。
「次の王都遠征、正式にどうだ?」
王都。
単語のスケールが違う。
俺は町内。
しかも壁際。
夜。
偶然、宿の廊下で会う。
久しぶりに静かな空間。
「……最近」
ヒルダが言う。
「忙しくて」
「知ってます」
ギルドで毎日聞く。
少し沈黙。
前なら、ここで畑の話をした。
風がどうとか。
カラスがどうとか。
今は何も出てこない。
「畑、まだあります?」
ヒルダが聞く。
「あります」
「……立ってます?」
「立ってます」
なんだこの会話。
ヒルダは少し笑う。
でもどこか遠い。
物理的にじゃない。
距離の種類が違う。
翌日。
掲示板中央。
【ヒルダ専属・上級遠征固定】
固定。
完全に固定。
俺は端。
完全に端。
新人が話しかけてくる。
「あの、ヒルダさんの初期メンバーですよね?」
初期メンバーって何だ。
アイドルか。
「どうやったらあんなに成長するんですか?」
知らない。
立ってただけだ。
俺は気づく。
ヒルダはどんどん前へ。
俺はその場。
でも不思議と、
誰も俺を笑わない。
受付が言う。
「寂しいですか?」
直球やめろ。
「別に」
即答したが、
声が少しだけ小さい。
その日の夜。
俺は畑に立った。
一人。
風が吹く。
懐かしい。
カラスもどきが降りる。
俺を見る。
俺も見る。
どっちも動かない。
ふと思う。
ヒルダは遠くに行った。
でも最初に立っていたのは、ここだ。
俺もいた。
あの頃は同じ高さだった。
今は違う。
だが。
翌朝。
掲示板の端に新しい紙。
【ヒルダ推奨・初心者補助枠】
小さく書いてある。
※最初に立ち方を教えてくれた人の影響
誰だ。
俺か。
俺なのか。
距離はできた。
でも完全には切れていない。
ただ、
同じ場所にはもういないだけだ。




