17
ヒルダが上級パーティー補助に入ってから二週間。
ギルドの空気が変わった。
掲示板中央に、彼女の名前。
しかも赤文字。
赤文字って何だ。
俺はいまだに鉛筆書きだぞ。
朝。
ギルドに入るとざわめきが起きる。
俺にじゃない。
奥だ。
ヒルダが入ってきた。
軽装。
動きに無駄がない。
なんか光っている気がする。
気のせいかもしれないが、
前より姿勢が良い。
俺は壁際に寄る。
いつものポジション。
「ヒルダさん!」
「この前の討伐、すごかったです!」
「回復の速度、異常でした!」
囲まれている。
俺が入る余地がない。
というか入らない。
入る勇気もない。
受付が言う。
「今や“白の灯火”ですからね」
二つ名ついてる。
俺は?
畑の人。
ヒルダが俺に気づく。
「あ……」
一瞬だけ、昔みたいな顔になる。
だがすぐに横から声が飛ぶ。
「次の遠征の件ですが!」
持っていかれる。
物理的に。
俺は掲示板の端を見る。
【簡易荷物持ち】
【見習い補助】
懐かしいラインナップ。
俺の現在地。
昼。
宿。
ヒルダの姿はない。
遠征準備らしい。
パンをかじる。
今日は厚い。
なのに味が薄い。
気分の問題だ。
絶対そうだ。
数日後。
ヒルダが遠征から戻る。
ギルドが拍手で迎える。
俺は拍手の端。
端の拍手。
「無事で何よりです!」
「さすが白の灯火!」
灯火って。
畑では風扱いだったのに。
ヒルダが俺に近づこうとする。
だが先に上級剣士が声をかける。
「次の王都遠征、正式にどうだ?」
王都。
単語のスケールが違う。
俺は町内。
しかも壁際。
夜。
偶然、宿の廊下で会う。
久しぶりに静かな空間。
「……最近」
ヒルダが言う。
「忙しくて」
「知ってます」
ギルドで毎日聞く。
少し沈黙。
前なら、ここで畑の話をした。
風がどうとか。
カラスがどうとか。
今は何も出てこない。
「畑、まだあります?」
ヒルダが聞く。
「あります」
「……立ってます?」
「立ってます」
なんだこの会話。
ヒルダは少し笑う。
でもどこか遠い。
物理的にじゃない。
距離の種類が違う。
翌日。
掲示板中央。
【ヒルダ専属・上級遠征固定】
固定。
完全に固定。
俺は端。
完全に端。
新人が話しかけてくる。
「あの、ヒルダさんの初期メンバーですよね?」
初期メンバーって何だ。
アイドルか。
「どうやったらあんなに成長するんですか?」
知らない。
立ってただけだ。
俺は気づく。
ヒルダはどんどん前へ。
俺はその場。
でも不思議と、
誰も俺を笑わない。
受付が言う。
「寂しいですか?」
直球やめろ。
「別に」
即答したが、
声が少しだけ小さい。
その日の夜。
俺は畑に立った。
一人。
風が吹く。
懐かしい。
カラスもどきが降りる。
俺を見る。
俺も見る。
どっちも動かない。
ふと思う。
ヒルダは遠くに行った。
でも最初に立っていたのは、ここだ。
俺もいた。
あの頃は同じ高さだった。
今は違う。
だが。
翌朝。
掲示板の端に新しい紙。
【ヒルダ推奨・初心者補助枠】
小さく書いてある。
※最初に立ち方を教えてくれた人の影響
誰だ。
俺か。
俺なのか。
距離はできた。
でも完全には切れていない。
ただ、
同じ場所にはもういないだけだ。




