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畑依頼が生活費枠として安定していた頃。
ある日、ヒルダが来なかった。
それだけで畑が広く感じる。
俺は一人で立っていた。
カラスもどきが二羽降りたが、特に何もせず帰った。
俺も何もしていない。
いつも通りだ。
だがヒルダがいない。
後ろで小さく祈る声がない。
なんとなく落ち着かない。
翌日。
ギルドに行く。
ヒルダが掲示板の前にいた。
真剣な顔。
嫌な予感しかしない。
「……どうしました」
俺が聞くと、ヒルダは振り向く。
少し迷ってから言った。
「私、畑……卒業しようと思います」
先を越された。
理由は単純だった。
「私、回復魔法……」
「一回も使ってません」
確かに。
転びそうになった自分に一度かけただけだ。
「このままだと」
「“祈る係”で終わります」
もう終わってる気もする。
ヒルダが指差した依頼。
【初心者パーティー補助・簡易ダンジョン】
安全設計。
罠なし。
魔物弱い。
畑より危険。
「一緒にどうですか?」
目が真剣だ。
畑で見たことのない顔。
俺は反射で言う。
「畑は?」
「……誰かが立ちます」
それはそうだ。
現場。
小さな人工ダンジョン。
観光向けみたいな洞窟。
新人三人が震えている。
俺も震えている。
最初の魔物。
小型スライム。
新人が剣を振る。
空振り。
ヒルダが慌てて回復。
初使用。
本人が一番驚いている。
「で、できました……!」
顔が明るい。
畑では見なかった笑顔。
俺は後ろで見ている。
いつも通りだ。
戦闘はあっさり終わった。
安全設計だからだ。
だがヒルダは違った。
「ちゃんと役に立てました」
小さく拳を握る。
畑では得られなかった達成感。
帰り道。
ヒルダが言う。
「畑、嫌いじゃないです」
「でも」
「ちょっと外に出たくて」
俺は何も言えない。
俺は外に出ていない。
場所が変わるだけで、立っている。
ギルドに戻ると、受付が言った。
「ヒルダさん、次も補助枠ありますよ」
ヒルダは俺を見る。
少しだけ迷う。
「……どうします?」
いつもの言葉。
だが今回は違う。
俺が決める番だ。
俺は考える。
畑は安定。
安全。
金も最低限入る。
でも。
ヒルダは一歩出た。
俺は?
「……次も行きます」
言ってしまった。
口が勝手に。
ヒルダが少し笑う。
畑のときとは違う笑い方。
こうして。
畑卒業は、
俺の意思ではなく
ヒルダに引っ張られて起きた。




