便利な回
倉庫整理の翌日。
俺は少しだけ調子に乗っていた。
理由は単純で、昨日は生き延びたし、金ももらえたし、怒られなかった。
この世界では、それだけで「成功体験」になる。
本当にやめてほしい文化だと思う。
「……楽な仕事、あるんじゃないか?」
そう思った時点で、もう駄目だった。
ギルドの掲示板の前に立つ。
いや、立っているというより、危険そうな文字を必死に避けて視線を滑らせていた。
討伐。
護衛。
危険。
見ない。
絶対に見ない。
そのさらに下。
誰も気にしていない端っこ。
【畑の見張り】
【夜間】
【危険度 低】
「……勝ったな」
倉庫整理。
点検作業。
見張り。
この世界、俺みたいな人間のために仕事を用意している節がある。
それが一番怖い。
受付嬢に確認する。
「これ、見るだけですか?」
「基本は、そうですね」
基本、という言葉が不安を連れてくるが、報酬を見るとそんな気持ちは一瞬で消えた。
銅貨四枚。
昨日の成功体験が、俺の警戒心を完全に殺していた。
夜。
畑。
寒い。
暗い。
虫が多い。
「……倉庫の方が、まだマシだったな」
少なくとも箱は動かないし、噛みついてこない。
一時間が過ぎる。
何も起きない。
二時間が過ぎる。
本当に何も起きない。
「……これ、楽すぎないか?」
昨日の俺なら、絶対に言わなかった台詞だ。
その瞬間、草が揺れた。
「……来たか」
身構える。
手には何もない。
冷静に考えると、見張りなのに装備ゼロという判断が既におかしい。
現れたのはウサギだった。
ただし、デカい。
目が赤い。
歯が鋭い。
どう見ても、普通の野生動物ではない。
「……畑の野生動物って、こんなのなの?」
ウサギは一瞬だけ俺を見て、興味を失ったように畑へ突っ込んだ。
野菜を食う。
ひたすら食う。
「おい、それ見張ってる意味なくない?」
追いかける。
滑る。
転ぶ。
顔から泥に突っ込んで、しばらく起き上がれなくなった。
畑の中で、俺は完全に戦力外だった。
しばらくして、ウサギは満足そうに去っていった。
畑は半壊。
俺は全壊。
翌朝。
農家が畑を見て、俺を見て、にこやかに言った。
「いやー、ウサギ追い払ってくれて助かったよ」
「……追い払ってはいません」
「でも、もう来ないだろ?」
結果論が雑すぎる。
銅貨四枚を渡される。
「また頼むよ」
頼まないでほしい。
ギルドに戻ると、掲示板に紙が増えていた。
【畑の見張り】
【経験者歓迎】
嫌な予感しかしない。
受付嬢が微笑む。
「お疲れさまでした。評判いいですよ」
「……評価されてます?」
「されてますね」
「何でですか」
「無事だったので」
倉庫整理と同じ基準だった。
俺は悟った。
この世界では、
死なずに帰る。
逃げない。
文句を言わない。
この三つを満たすと、なぜか有能扱いされる。
俺の手には剣も魔法もない。
あるのは、倉庫整理と畑見張りの実績だけだ。
「……俺、便利屋枠にされてないか?」
嫌な未来だけが、やけに鮮明に見えていた。




