第六話 疑われる文字
呼び出しは、
唐突だった。
「少し、
お話いいですか」
警察署の応接室は、
静かすぎた。
机の上に、
一枚の紙が置かれている。
見覚えのある紙質。
見覚えのある癖。
——筆跡だ。
「このメモ、
見覚えありますか」
刑事は、
私の顔を
じっと見ていた。
「ありません」
嘘ではない。
だが、
線は
私をよく知っている。
『ここで終わりにする』
短い文。
それだけ。
私は、
視線を外さずに
言った。
「亡くなった方の
ものですね」
「なぜ分かる」
来た。
私は、
言葉を選んだ。
「この線は、
逃げていません」
「それが?」
「——誰かに
見つかるつもりも
ありません」
刑事は、
ペンを回した。
「あなた、
以前から
筆跡を見て
助言してますよね」
「ええ」
「今回の被害者とも、
接点がある」
私は、
小さく頷いた。
相談を
受けただけだ。
それ以上は、
何も。
「亡くなる前、
あなたに
会っています」
事実だ。
否定できない。
私は、
ゆっくりと
息を吐いた。
「私は、
止めませんでした」
刑事の眉が、
わずかに動く。
「止められなかった?」
「いいえ」
私は、
はっきり言った。
「——止める文字じゃ
なかった」
沈黙。
刑事は、
ため息をついた。
「それを
どう説明する」
説明できない。
説明すれば、
私が疑われる。
私は、
机の上の紙を
見つめた。
「この文字は、
誰の言葉も
受け取らない線です」
「……つまり?」
「つまり、
私が何を言っても、
結果は
変わらなかった」
刑事は、
立ち上がった。
「あなたは
分かっていたんじゃ
ないですか」
その問いは、
正しい。
私は、
否定しなかった。
「分かっていました」
「なら、
なぜ——」
「——分かっていることと、
止めることは
同じじゃありません」
声が、
少し
硬くなった。
刑事は、
それ以上
踏み込まなかった。
だが、
疑いは
残った。
解放されたのは、
夜だった。
事務所に戻ると、
留守電が
点滅している。
再生は、
しなかった。
私は、
机に座り、
自分の手を見る。
この手で、
どれだけ
線を見てきた。
どれだけ
真実を
知ってしまった。
それでも、
証明できるものは
一つもない。
ノートを開く。
白紙のページに、
文字を書こうとして、
止めた。
——今の私は、
疑われる側だ。
それでも、
この仕事を
やめる気はなかった。
分からないふりを
するより、
分かって
引き受ける方が、
まだ
ましだからだ。
私は、
ペンを置いた。
線は、
書かれなかった。
それでいい。
最終話:筆跡




