第三話 書かれなかった言葉
その依頼は、
封筒で届いた。
差出人はない。
宛名も、
私の名前だけだった。
中に入っていたのは、
一枚のコピー。
手書きのノートの、
切れ端だった。
行の途中で、
終わっている。
『もう限界だ
このまま——』
そこで、
線が途切れている。
私は、
それを見た瞬間、
嫌な予感がした。
未完成の文字は、
完成した遺書より
よほど重い。
迷いの途中で、
誰かに止められるか、
あるいは——
止まらなかったか。
私は、
コピーを机に置き、
元の線を想像した。
筆圧は弱い。
途中から、
一気に力が抜けている。
だが、
恐怖の線ではない。
これは、
“諦め”の線だ。
依頼人は、
夕方になって
事務所に現れた。
若い女性だった。
「これ……
姉のノートです」
声は、
落ち着いている。
落ち着きすぎている。
「三日前に、
亡くなりました」
私は、
何も言わずに
頷いた。
「警察は、
事故だと」
事故。
その言葉に、
文字は反応しなかった。
私は、
コピーを
指で押さえた。
「……誰かと、
揉めていましたか」
「いいえ」
即答だった。
私は、
それ以上
踏み込まなかった。
この線は、
争いの線じゃない。
孤立の線だ。
誰にも、
見せるつもりのない
言葉。
それでも、
途中で止まっている。
「この文章、
続きを
書くつもりだったと
思います」
彼女は、
少しだけ
目を伏せた。
「……間に、
合わなかったんですね」
私は、
否定しなかった。
否定できなかった。
この文字は、
“待っていない”。
誰かに
止められる前提でも、
見つかる前提でもない。
ただ、
静かに
終わる準備をしている。
私は、
正直に言った。
「この文字から、
誰かを
導くことはできません」
彼女は、
驚かなかった。
「……そうですか」
その反応で、
分かった。
彼女は、
答えを
求めていなかった。
ただ、
確認したかっただけだ。
私は、
コピーを返した。
「姉は、
誰にも
書かせなかったと思います」
それは、
慰めにも、
説明にも
ならない言葉だった。
それでも、
彼女は
小さく
頷いた。
「ありがとうございました」
帰り際、
彼女は
振り返らなかった。
私は、
事務所の灯りを
消した。
能力があっても、
遅いことがある。
導線を引く前に、
文字が
閉じてしまうことがある。
机の上に、
自分のノートを開く。
白紙。
私は、
何も書かなかった。
書いてしまえば、
また
分かってしまう。
——知ることと、
救うことは、
同じじゃない。
その線だけが、
今日は
はっきりしていた。
第四話:自分の字




