2-3 シイルはブラコン妹に嫌われる理由を自覚していない
「どうしたんだ?」
「あ……シイルお兄ちゃん……」
俺はどこに言っても「お兄ちゃん」って呼ばれるな。
少女は年齢は8歳くらいだろうか。茶髪を可愛らしくみつあみに結わいている。きっとほどくと綺麗なソバージュになるだろう。
やや気弱でおどおどした印象を受けるが、可愛らしい印象を与えるその子は、恐らく学校では男子から人気が出るタイプだ。そう思いながらも、少女に話しかけた。
「どうしたんだ、こんなところで?」
「あ、えっと……」
そういいながら、少女はもじもじとしながら恥ずかしそうな表情をする。
俺はフフ、と笑って答える。
「分かってるよ。マルティナと仲良くしたいんだろ?」
「え? ……う、うん……マルティナさんって……カッコいいですから……一度、お話とかしてみたいって思っていて……けど、チャンスがなかなか無くて……」
「ハハハ、まああいつは大人に人気だからな……」
そう、どこか憧れの先輩を見るような目をしながら、マルティナの方を見る。
(まあ、一見すると普通に明るくて元気な女の子だからな、マルティナは……)
勇者としてずっと戦ってきた彼女は、大人同士の付き合いに慣れていることもあり、ああやって中高年の女性に混じって話をするのは得意だ。……また、彼女の『自称ドM』な本性は、俺にしか見せない。
普通にしていたら、あいつは高値の花に見えるんだろうな、と思いながらも俺は少女に尋ねる。
「けど、マルティナと一緒に遊んでくれるなら俺も嬉しいな。……声をかけてみたらどうだ?」
「う、うん……けど、やっぱりはずかしくて……。ごめんなさい……」
そうもじもじする彼女を見て、俺は少し昔の自分を思い出してほほえましくなった。
(そうそう、俺も最初のきっかけが作れなくて、昔は友達いなかったよなあ……)
そう思いながら、俺は笑って見せた。
「ならさ、俺が一肌脱いでやるよ」
「え?」
「要するに、何かきっかけがあればいいんだろ? ……明日まで待ってくれたら、準備するからさ」
そういうと、少女の顔がぱあっと明るくなった。
「い、いいんですか?」
「ああ! マルティナも……もう呪われてるからさ。もうここで幸せに暮らすってのもいいと思うしな」
「ありがとうございます!」
正直『低レベルクリア』に必須なのは、戦闘力より何より『頭数』だ。
マルティナがいなくなると、それだけで厳しい戦いになるのは確定だ。
……だが、低レベルクリアは一度の戦闘で何度も『死亡』するような世界だ。正直そんな地獄のような旅に彼女を道連れにすることには抵抗がある。
だからもし、マルティナがこの子と仲良くなって村で一緒に暮らしたいというなら、それでも俺は構わない。
そう思っていると、少女は少し俺をうらやむような表情を見せた。
「けど……お兄ちゃんやマルティナさんが羨ましいです……」
「え?」
「私も……お兄ちゃんみたく、明るい人気者になれたら羨ましいんだけどな……」
「……明るく、か……。いや、それは……」
俺はそれを否定しようとするが、失言したと察したのだろう。彼女は申し訳なさそうに首を振る。
「あ、いえ、すみません! ……それじゃあ、明日……すみませんがお願いします!」
「ああ」
そういうと、彼女は去っていった。
(明るい人、か……違うんだよ、俺は……本当は根暗なオタク野郎なんだ……)
その日の夜、仕事を終えた俺は、あるものを探しに夜の山をカンテラを持って歩いていた。
幸い、このあたりのモンスターは昼行性なので、夜間は却って安全だ。
(俺がこうやって、ニコニコしてるのは……演技なんだよ。……ロナのために『人気者』の振りをやっていた頃の、名残でしかないんだ……)
俺は、少女に言われたことを反芻しながら思っていた。
元の世界……即ち現代日本にいたころ、俺はいわゆる『ゲームおたく』で友達も少なかった。
……だが、ロナが学校でいじめに遭ったときに、気が付いた。
学校の世界は『コミュ力』がこの世界のレベルに匹敵するほど重要視される世界だと。
そして、スクールカーストが高ければいじめなんか簡単に辞めさせられると。
(ロナをいじめたやつも……『友達』の人数を楯にしていたからな……くそ……)
もしも俺が『カースト上位』だったら、きっと俺に嫌われることを恐れて、ロナをいじめるような奴はいなくなるはずだ。そう思って俺は必死で、周りから好かれるための話し方や、立ち居振る舞いを勉強してきた。
大好きなジャンルのゲームも辞めて話題作ばかりプレイし、好きでも無いポップシンガーをさも『推し』のように熱弁する。
遊びの予定はこちらが積極的に立てるし、合コンを主催して幹事を引き受けたり、喧嘩の仲裁役も買って出る。
そんな風にして、俺はクラスでも話題の中心になれるような男になれたつもりだし、ロナの悪口も周囲から言われなくなった。
それどころか、バレンタインの日には『ロナちゃんと一緒に食べてね?』と女子から大量の義理チョコを貰えるくらいには、周囲に一目置かれるようになっていた。
これでロナも安心して学校に戻ってこれると思ったのだが……。
「俺は……間違っていたのかな……くそ……」
それは、まったくの逆効果だった。
ロナは、ますます登校を渋るようになり、遂には保健室登校すらできなくなったのだ。
……その理由は今でもわからない。けど、俺はそのことを思うたびに自分の無力さに打ちひしがられた。
(けど……その時に身に着けたスキルは……この世界でも役に立ってるから、まだマシか……)
そう思いながらも、俺は足を進めた。
そして、10分ほど歩いたのち。
(お、これこれ……)
そう考えていると、赤色をした木の実を見つける。
これを潰して作った「夜の瞳」という薬は、女性が食べると一か月間排卵と生理が止まる効果がある。
無論その間は妊娠もしないし身体に悪影響もない。それどころか生理に伴う心身の不調も起こらなくなるのだ。
(この世界の女冒険者に生理が起きないのも……。避妊具のない中世風の世界なのに、どの家庭も子どもが2~3人しかいないのも……この薬のおかげってことだな……)
当初、生理や出生数の問題は『ここがゲームの世界だから』だと受け取っていた。
だが、この世界では『夜の瞳』が一般的に服用されていると知り、俺は納得した。
(『生贄の公式』を読んだ時も思ったけど……この世界は『ゲームの世界』とは似て非なるものみたいだな……だから『ご都合主義』はない、と考えたほうがいいか……)
当然『夜の瞳』は、マルティナと冒険する上では必須の道具だ。
……俺はこの木の実を自分で採取するつもりだったが、これを誘いの口実に使うようにすればいい。
俺は鮮やかなこの実を見て、頬が緩んだ。
(フフ、なんか昔を思い出すな……)
小さい時に、ロナと一緒に木の実……あの時は桑の実だったが……を食べて顔を真っ赤にした最愛の妹の顔が頭に浮かんだ。
……もう一度、あの頃に戻りたいなと思いながら、俺はその場を後にした。