2-1 「生贄の少女」が、逆に村を滅ぼす話は定番だが……
「ふう、何とか村についたか……」
幸いなことに、あれからモンスターには遭遇することなく、俺たちは近くにあった村に到着した。
「はあ、疲れたね、シイル? もうあたし、お腹空いちゃったよ……」
「そうだな。食料も全部取られちまったし、今日は宿屋で泊まるとしようか」
グリモアとアリーナは、荷物袋に入っていたアイテムだけでなく食料や旅の道具まで奪っていった。
最悪でも、それらを買い戻さないと旅を続けることが出来ない。
そう思いながら、俺たちは酒場に入った。
「はい、いらっしゃ……ゆ、勇者マルティナ様!?」
酒場に着くなり、俺たちの顔を見て周囲が驚いたような顔をしてきた。
……まあ、いつもの光景だ。
俺はマルティナを守るように肩を抱きながら、マスターに一枚の金貨を渡しながら精一杯の笑顔を作って尋ねる。
「すみません、パンと……何か暖かいものを二つずつください。それと、宿を取りたいのですが、空いていますか?」
俺が漫画の主人公だったら、ここで『うまい飯をよこせ』『宿を取らせてくれ』など、ぶっきらぼうな物言いをするのだろう。
……だが『不愛想で口が悪いのが、男らしくてカッコいい』なんて思うのは、中二病患者の幻想だ。この世界では『下手に出て舐められるリスク』よりも『無礼な態度を見せて嫌われるリスク』のほうがはるかに恐ろしい。
「え? ……ああ、分かった。ちょっと待ってな」
「お願いします。楽しみだな、マルティナ!」
「うん!」
俺はそう満面の笑みでマルティナに答えた。
……俺は元々無表情な性質で、笑顔は『作り笑い』でしか作れない。
だが、今までさんざん練習したこともあり、俺の作り笑いは周囲に違和感を感じさせることはない。
「ハハ、そういってもらえると嬉しいねえ! ま、温めなおすだけだからすぐ出すよ」
どうやら俺の物言いに態度を軟化させたようであり、宿屋の女将さんは少し表情を崩してパンを切りはじめた。
「はい、お待ちどう!」
「ありがとうございます!」
それから10分ほど経過したのち、料理が運ばれてきた。
「うわ、おいしそう! 早く食べよ、シイル!」
「ああ」
出された料理は、ビートをふんだんに使ったポークビーンズだ。
……よく見ると、周囲の人たちの食事よりも心なしか豚肉の量が多い。
(ま、そうだよな……)
これは、勇者マルティナが怖いから、気を遣っているのだろう。
よく見ると周囲も、楽しく談笑しているように見せながらこちらのことをどことなく警戒しているのがわかる。
「……なあ、あんた?」
「はい?」
そんな風に考えていると、宿の主人と思しき中年の男が声をかけてきた。
まだその表情は警戒しているが、俺がニコニコと返事をしたのを見て、少し安心したのだろう、眉間にしわは寄っていない。
「あんたらって確か、勇者マルティナさんと魔導士シイルさんだろ?」
「ええ。ご存じですか?」
「そりゃ、あんたらは有名だからな。特にマルティナさんは、魔王ロナをぶっ倒せるって噂の、伝説の勇者って話だったしな。……ただ、ここ2カ月の間話を聞いてなかったが……どうしてこの村に来たんだ?」
「それは……」
そういわれて、俺はことの経緯を説明した。
……無論、レベルが1に落とされたことも併せて。
それを説明しても、マルティナに危害を加えるものはいないと確信があったためだ。
「そ、そうか……。あんたらは……魔王ロナに負けちまったってわけか……それで、呪いで強さまで失ったってことか……」
「ええ……。しかも、荷物も全て奪われてしまって……」
「それにしても、グリモアにアリーナってやつは、なんだい! マルティナにさんざん世話になっておきながら、用が済んだら荷物を奪って逃げたってのかい! 信じらんないね!」
その話を聞いた女将さんは、そう怒りに声を荒げてきた。
……まあ、その気持ちは俺も一緒なのだが。
そして主人は俺に尋ねてきた。
「それで、あんたらはこれからどうするんだ?」
「はい。……俺はまた、魔王ロナを倒しに行くつもりです」
「はあ!? 正気か、あんた!?」
まあ、そりゃそういわれるだろう。
レベル1の人間が魔王を倒しに行くなんて、はっきり言って正気の沙汰ではないからだ。
「ええ。……俺は、ロナを止めないと行けませんから」
だが、俺はハッキリ強い口調で答えた。
……ロナがあんな風になってしまったのは、全て俺の責任だ。
俺がロナに嫌われるようなことさえしなければ、彼女は魔王にならなかったはずだ。だから、その責任は取らないといけない。
そう思いながら答えると、店主もバツが悪そうな表情をした。
「そ、そうかい……。まあ、俺も無理に止めたりはしないけどよ……ただ、奪われた荷物を買い戻す準備とかはいるんだろ? それまではうちに泊まりたいってことだろ?」
「ええ。出来る仕事ならなんでもやりますので……お願いします!」
そういって、俺は頭を下げた。
……正直、ファンタジーの世界でも一番大事だったのは人間関係だ。どんなに実力があっても、横柄な態度を取る冒険者は仲間から裏切られる。
その様子を見て、宿の店主はうん、とうなづいた。
「分かった。……ま、こんなちんけな田舎町だけど、仕事はそれなりにあるからな。明日から、きびきび働いてもらうよ」
「ありがとうございます!」
見たところ、その発言に他意はなさそうだった。
俺はそれを聞いて安心した。
そして店主はぽつりと呟く。
「それじゃ、もう夜も遅いし……マルティナさんはもう寝たらどうだい?」
「え? ……うん、そうだね。おやすみなさい」
「ああ」
そういうと、店主は俺に目くばせをしてきた。
……なるほど、マルティナのことについて聞きたいということか。
そして、マルティナが2階に上って少しののち。
「なあ、シイルさん。……あの勇者マルティナのことについて教えてもらいたいんだけど、いいか?」
「ええ。……まあ、何の話かは想像が付きますが」
「彼女がやったっていう……『竜殺し』の噂は本当なのかい?」
「やはり、それですか……」
またか、と俺は思った。
今でこそ勇者ともてはやされているマルティナだが、彼女は元は奴隷だ。
そして、6歳の頃にある村に奴隷として買われたという過去がある。
その村はある凶悪なドラゴンの支配下にあり、村に手を出さない対価として供物に人肉を要求したため、彼女が生贄に捧げられることになった。
……ここまでは事実として、村の記録に残っている。
だが不思議なことに、その記録から数日後……。
「村の住民たちはドラゴンとともに、全員遺体で発見されて……それで、生き残っていたのがマルティナ一人だった……って話だよな?」
「ええ、そう聞いていますね……」
その場に居合わせたわけではないので、俺はそう答えるしかなかった。
「それはさ……。やっぱりマルティナさんがやったんだろ? 自分を生贄にした村人と……それを要求したドラゴンへの復讐をしたってことなのか?」
そういうと、身震いするように周囲の客たちも体を震わせた。
それを見て俺は首を振る。
「……すみません、実は俺も……マルティナの過去は教えてもらってないんです。いつもその話をしたがらないので……」
これは事実だ。
……マルティナは教えてくれないが『竜殺し』の逸話にはいくつもの違和感がある。
だが、もし彼女がやったのでなければ、なぜドラゴンと村人が全員惨殺死体として発見されたかが説明できない。
そう答えると、周囲の村人たちが必死で取り繕うような表情を見せてきた。
「あ、あのさ! 俺たちは差別なんかしないぜ?」
「そ、そうそう! マルティナさんもシイルさんも、好きなだけ村に滞在していいからさ! だから、安心して、い、いいからな!」
「きっと、ワシの孫と友達になってくれそうだし、な!」
そういう彼らの目には、明らかに恐怖の色が浮かんでいた。
……まあ、それでもまだマシな方だ。少なくともマルティナが上に上がるまでは『恐怖していること』すら隠していたのだから。
そう考えれば、まだ本音を見せられるようになった分、村人との距離は近づいたと思おう。
その様子を見て、俺は背筋を伸ばし、はっきりと答えた。
「……皆さんが怖がるのはもっともです。ですが、少なくとも俺たちは……皆さんに危害を加えるつもりはありません。荷物を揃えたらすぐに出ていきますので……短い間ですが、宜しくお願いします」
「あ、ああ……けど、あんたらは話が分かりそうで良かったよ……」
「だな。……何か困ったことがあったら相談してくれ」
彼らはまだ、やはりこちらを警戒している様子だが、ずっと下手に出ていたこともあり多少は信頼してくれたようだ。
(はあ……。ま、村人側からしたら怖いよな、俺たちのことは……)
マルティナの『竜殺し』の逸話は有名だ。
この噂話がある以上、仮に力を封じられたと聞いたとしても、むやみに村人はマルティナに危害を加えないだろうと想定できたからこそ、俺は力を奪われたことも話したのだ。
……まったく、この訳の分からない噂が役に立つなんて皮肉な話だ。
そう思いながら俺は頭を下げた後、皿を重ねてカウンターに乗せ、そのまま2階に上っていった。