エピローグ1 心を持たないからこそ、共にいられる仲もあるのかもしれない
「こうして、悲しき少女ロナは、お兄ちゃんに抱かれながら封印され、世界に平和が訪れたましたとさ……」
シイルがロナとともに封印されてから数週間が経過した。
名もなき村の小さな集会場で、マルティナは子どもたちにそうおとぎ話をするような口調で、そう語りかけていた。
「……これが、あたしたちの冒険の話だよ。楽しかった?」
「へええ……すごい! そんな戦いだったんだね!」
「うん、ドキドキしちゃった! ……けど一番はやっぱセドナさん! あの人、本当に素敵だよね!」
「いやいや、ディラックのほうがカッコいいだろ! 最後の最後で助けに来るところなんか最高じゃんか!」
子どもたちはそう口々に感想を言い合う。
男子はディラックに、女子はセドナにそれぞれ魅力を感じているようだった。
一方で、子どもたちは少し呆れたような口調で答える。
「けどさ……シイルってお兄ちゃんはちょっと情けなかったんだね?」
「うん。リア・ヴァニアとの戦いでも、ずっと逃げ回っていたみたいだし、ルナを倒す時にも最初に気絶しちゃってたんでしょ?」
「だよな! ……正直、そんなダメで頼りないお兄ちゃんとこの世界に来たんならさ。魔王ロナも、可哀そうだったよね……。マルティナお姉ちゃんもそう思う?」
「……フフ。まあね。けど、そんなシイルのこと、みんな楽しそうに見てたんだよ?」
マルティナがする冒険譚は、実際のものとはかなり捻じ曲げられている。
ディラックの問題発言は実際より控えめに説明しており、逆にシイルはかなり情けない『コメディリリーフ』のような存在としてマルティナは語っていた。
「けどさ……魔王ロナってただの悪い奴じゃなかったんだね……」
だが、一番事実と異なるのはロナの描写だ。
見るからに食いしん坊に見える少年が、思わず呟いた。
「ロナちゃんは……悪い魔族に唆されていたんだってね。ずっとこの世界に来てからひもじい思いをして……そんな時に『魔王になったら、お腹一杯ご飯を食べられるぞ』なんていわれたら、僕も乗っちゃうかもなあ……マルティナお姉ちゃんは?」
「うーん……どうだろうなあ……けど、あたしも気持ちは分かるな」
実際には自身の意思で魔王になったロナだが、マルティナは『貧困に耐えかねて、魔王になるように勧められた』という話に作り変えた。シイルが『頼りない兄』という設定になったのは、ここで整合性を取るためでもある。
「やっぱさ! 一番悪いのは頼りないシイルだよ! もっとお兄ちゃんとして、しっかりしていればロナちゃんも魔王にならなかったんじゃないか!」
「そうそう! 正直さ。最後の最後で役に立ってくれて、スッキリしちゃったかな!」
「…………」
それをマルティナはニコニコとしながら聞き流す。
そしてしばらく感想に花を咲かせた後、子どもたちは集会場から出ていった。
「……ふう……そろそろかな……」
一人集会場に残されたマルティナは、※ろうそくを確認した後、ポットを用意してハーブティーの用意をした。
(※ろうそくに目盛りがついており、おおよその時刻が分かるようになっている)
それから少しののち、集会場のドアが開く。
「ただいま、マルティナ」
「フフ……今帰ったよ」
「おかえり、セドナ! ディラックも! はい、良かったら飲んで?」
帰ってきたのはセドナとディラックだ。
戦後処理が済んだ後、マルティナは二人と一緒に冒険をしている。
ディラックはマルティナが淹れてくれたハーブティーを飲みながら、キザったらしく髪をかき上げる。
「ふう……最高だね、これは……僕の舌が確かなら、レモングラスだね」
「ぶっぶー! カモミールだよ! ……普通間違えるかな、その二つ……」
「む……! ま、まあ今の僕は……少し疲れているから間違えただけだよ!」
実際には、育ちの悪いディラックはハーブティーを飲んだことがない。
そのため知ったかぶりをしただけだったのだが、マルティナはそんなディラックを楽しそうにからかう。
「それで、魔族の残党はいた?」
「ああ。……話の分かるやつはニルバナのもとに案内したよ。それでも抵抗する奴は、ちょっと痛めつけることになったけどね」
「フフ……。勿論殺していないから安心してくれ。マルティナ、君のほうはどうだい?」
今回彼らが引き受けたのは、魔王軍の残党たちの掃討だ。
とはいえ、殺生を嫌うセドナの意向もあり、可能な限り話し合いによる解決を行うようにしている。
「うん! 子どもたちに冒険の話をねだられたから、沢山お話してあげたんだ!」
「悪かったね。子どもたちの相手をさせてさ」
「気にしないでよ、セドナ! ……第一さ。レベル1のあたしが行っても、足で惑いになっちゃうから……」
そうマルティナは少し申し訳なさそうに答えた。
ロナとの決戦で貴重な消費アイテムは全て失われてしまった。
また、アイテムの使用に慣れたシイルももう居ない。そのこともあり、マルティナの旅の中での役割は、二人のサポートだ。
最も、親切だが人の気持ちを根本的には理解できてないセドナや、性格に大変難のあるディラックの二人では旅などできるはずもないので、彼女の役割は大きいのだが。
「……残念だったね。レベル1固定の呪い……解けなかったんだね」
セドナがそう同情するような表情でいうが、マルティナは首を振って、寧ろ嬉しそうな表情を見せた。
「……ううん。正直あたし、この呪いが解けなくって良かったって思ってるんだ」」
「へえ、そりゃどうしてだい?」
「だってさ、この呪いが有効ってことは……ロナがまだ生きてるってことでしょ? ……だったらさ、まだシイルも生きているって証明になるから……」
「なるほどね……」
そうディラックは納得した表情を見せた。
「ま、君がシイル君に恋心を持っていることくらい、僕には分かっていたからね。その気持ちは理解できるよ……ところでさ、マルティナちゃん」
「なに?」
少しそわそわした表情でマルティナに尋ねる。
「……その……子どもに語った武勇伝はさ。僕は……どんなふうに伝えたんだい?」
「あはは! ディラックのことは、実際よりは100倍以上かっこよく伝えたから安心して! シイルの手柄も全部ディラックがやったことにしたから!」
「おお、ありがたい……! 流石だな、マルティナちゃん」
そういうと、ディラックはとてもうれしそうな表情を見せた。
なお、マルティナの語る冒険譚の中では、リア・ヴァニアを倒した後も何度か顔を合わせた設定になっている。
「どういたしまして。……ま、シイルが好きなのはあたしだけでいいってのもあるからね。……それに、これもシイルの願いだからさ」
シイルは、最終決戦前に国王に対してお願いしたことは2つ。
一つは、自身が魔王ロナとともに永遠に封印されることをもってして、ロナへの断罪を終わりとすること。即ち、ロナの息の根を止めるべく封印を解く二重処罰や、死後も彼女を辱めるような真似を行わないことであった。
即ち、マルティナが殊更にシイルの功績を過小に伝え、ロナを『悲しき魔王』に仕立て上げるようにしたのも、国王の命令によるものである。
「けど、本当によかったのかい、マルティナ? ……あんた、王様から一生暮らせるだけの報酬を出して貰えるって話があったのにさ。それを断って私たちと一緒に冒険者になるなんて」
そしてもう一つは、自身の封印後もマルティナの生活の保障をすること。
だが、これについてはマルティナは固辞し、セドナとともに旅をすることを選んだ。
マルティナは少し悲しそうな表情で答えた。
「うん……。王様もニルバナもいい人だから……きっとあたしを大切に守ってくれるに決まってるでしょ! ……けどさ。あたしは『ドM』だから、そんなのは嫌なの!」
ニルバナは今回の功績が称えられ、例外的に魔族でありながらも王国への士官が認められ、テイラーとともに王を支え、治世に励んでいる。セドナは今でもニルバナとは定期的に連絡を取り合い、魔族の残党についての情報を交換している。
そしてマルティナは、少し悲しそうに声を出す。
「もうさ……あたしのために、誰かが頑張ったり苦しんだりするのは嫌だから……だから二人についていくことにしたんだ」
「なるほどね! ……なら、心配しないでよ!」
「そうそう!」
そんなマルティナを励ますようにディラックとセドナは肩をバシン! と叩いた。
「あたしはロボットだから、あんた『だけ』を特別に愛するなんてことは絶対にしないから! ……はは、心がないってのをありがたく思う時がくるなんてね!」
「フフン……。僕は、自分さえ良ければいいってポリシーさ。そして自分だけを愛しているんだ。だから、君のことを大切に思ったりなんかしないから、安心してくれたまえ」
セドナは豪快に笑いながら、ディラックはほくそ笑むようにマルティナにそう語りかけると、マルティナはにっこりと笑った。
「うん! ……ありがと、二人とも!」
「それじゃ、あたしはちょっと出かけるね? ……村の男どもと『仲良し』する予定があるんでね」
「僕も、今夜は少し剣の修行をするから、これで。……封印されたシイル君に恥ずかしくないように、少しは鍛錬しないとね」
セドナは相変わらず、人間への奉仕を積極的に行っている。ディラックも、経験値泥棒を控えて真面目に鍛錬をするようになった。
そんな二人は、マルティナに笑いかけた後集会場を後にした。
そして一人残ったマルティナは、夜空を見上げながらつぶやく。
「ねえ、シイル……冒険するのはさ……あたしが『愛されたくない』からだけじゃないんだ……」
そしてマルティナは窓のへりにそっと腰かけた。
「シイルはさ、最後に言ったよね……『この世界』が大好きだって……だからさ……あたしが、シイルの代わりに頑張るね? シイルが、この世界を好きで居続けられるように……」
そういいながら、シイルから貰った『愚か者のブローチ』を取り出し、そっと口づけをした。




