5-10 洗脳の第一歩は相手に罪悪感を与えることだ
それから、ルネ・ルナに殺された村人達の埋葬作業は一昼夜に及んだ。
「大地よ崩れよ! アース・ブレイク!」
まず、土魔法を得意とするニルバナが大量の穴を作る。
その中に俺が遺体を入れ、その上からマルティナがスコップで埋める。
「セドナ、この方はもう埋めていいか?」
「うん、構わないよ」
セドナは、遺体の身元確認と遺族への連絡準備だ。
この世界はファンタジーだが、決してゲームの世界じゃない。
だから『気に入らない奴を殺して、めでたしめでたし』とはいかない。
死体は殺しても消えないし、彼らはNPCではなく、ちゃんと遺族がいる一人の人間だ。そのため、遺族に遺髪や遺品を残す必要がある。
セドナは彼らの肖像画を書き起こし、また遺髪と遺品を残したうえで死体に死化粧をほどこす。
「それにしても、凄い速度だな。肖像画も、写真みたいに丁寧だ」
「だろ? 戦場じゃ、よくやってたからさ。……もうやらないで済むと思ったんだけどね」
話を聴くと、セドナは元々衛生兵として働くロボットだったそうだ。
そのため、この手の遺品整理や肖像画の作成などは特別慣れていることが見て取れた。
「よし、じゃあこの内容を伝えとくね」
「ああ、頼む」
不幸中の幸いは、村で飼っている伝書バトは無事だったことだ。
村人たちの特徴を書いた紙を伝書バトに渡して、セドナは空に放った。
「ふう……」
「疲れただろ、マルティナ? 先に休んでいいぞ?」
「う……ううん! あたしはシイルの『スコップ』になるって決めたから! シイルが休むまでは頑張るよ!」
そうマルティナはいうが、正直スコップでの作業は重労働だ。
だがマルティナは文句ひとつ言わずにそれを手伝ってくれた。
そして、夜。
幸い、ニルバナの魔法とマルティナの献身、そしてセドナの手際の良さのおかげで埋葬はあらかた片付いた。
「……来たぞ?」
「早かったですね」
俺は道具屋で、ニルバナと落ち合っていた。
「おや、セドナさんは?」
「この近くに潜ませてる。何かあったら、不意打ちでお前の首を刎ねるように命令している」
「なるほど、賢明な判断ですね」
俺はそういったが、これは嘘だ。
状況から考えて、ニルバナが今この場で俺に暴行を加えるメリットがない。
それより、この手のイベントでよくあるのが『物陰でマルティナが、こっそり話を聴いていた』というパターンだ。
だが、俺はゲームの間抜けな主人公とは違う。
俺はセドナに、マルティナの見張りを頼んでいる。
「さて……色々聴きたいことがあるでしょう。質問をどうぞ」
「わかった。……まず一番聴きたいことだけど……」
「ええ」
「ロナは元気か? ちゃんと飯は食ってるのか? 体は壊してないか?」
「……ほう? 最初にするのが、ロナ様の心配ですか?」
そう、ニルバナは意外そうな表情をした。
……正直、質問して自分が恥ずかしくなる。本来なら、もっと人類の存亡に関わることを質問するべきなのだろうから。
「悪いけど、俺には……ロナが一番大事なんだ。それで、どうなんだ?」
「フフ……ご心配なく。ロナ様はお元気です。……あなたにお会いしたがっていますよ?」
「そうか……ならよかった」
彼女の命令で多くの人間が命を落とした以上、彼女と人類の和解は不可能だ。
だが、せめて彼女を裁くその日までは、元気で居てほしいと思うのは俺のエゴだ。
「それじゃあ、次の質問だ。……お前は本当に、人類側についてるのか?」
「ええ、それは間違いありません。……今まで、おかしいと思わなかったのですか?」
「いや……薄々おかしいと思ってた」
ニルバナの言いたいことは分かる。
「ここに来るまで、あまりにもご都合主義過ぎたんだよ。お前が裏で手を回してたんだろ?」
「よくお分かりで」
そう、今まであまりにも都合よくボスを倒すためのキーアイテムが手に入りすぎた。まるでRPGのイベントのように。
ホワイトドラゴンを倒す直前、確定で先制を取れる、愚か者のブローチを貰えた。
ドラゴン軍団を倒す前にカウンターアイテムの、白竜の逆鱗が手に入った。
ゴーレムの支配するミーヌの街で、スタン攻撃が出来るセドナが仲間に加わった。
ルネ・ルナと対峙する際に大量の身かわしのマント、そして親子愛のペンダントを入手できた。
しかも、四天王とは必ず単体で戦えており、複数の四天王と同時に戦うことは愚か、戦闘中に雑魚敵が増援が来ることもなかった。……まるで、RPGのように。
ここまでご都合主義が続けば、嫌でも誰かが裏で手をまわしてると感づく。
「なんで、こんなことをした? お前は魔族が憎いのか? だとしたら、なぜ?」
「……簡単なことです。……私がロナ様に異性として興味がないといえば分かるでしょう?」
その一言で、俺は全てを理解した。
「……そうか、あんたは同性愛者……つまり、魔族の世界じゃ認められない存在『エデナー』ってことだな?」
「ええ。……彼らが私を認めないから……私も彼らを認めないと決めたのですよ」
「なるほどな……大体わかった」
この世界の宗教では同性愛を禁止する戒律は存在しない。
そのため、魔族の一部が人間側に寝返る話は聞いたことがある。ニルバナもその一人だったのだろう。
「あんたが人類側なのは分かった。……じゃあなんで、ロナをこの作戦に巻き込んだ?」
彼の境遇には同情するが、それでもロナを魔王に転生させたことは許せない。
そう思いながら尋ねると、表情を崩さずに答える。
「おや、巻き込むだなんて心外です。ロナ様は自分から、魔王への転生を選んだのですよ?」
「え……どうしてだ!?」
そんなわけはないと俺はニルバナの肩を掴む。
ニルバナは少し呆れたような表情を見せた。
「決まっているでしょう? ロナ様も『エデナー』だからですよ」
「な……」
人類にとっては、同性愛は禁忌ではない。
……つまり、意味することは一つしかない。
だが、俺はそのことを認めることが出来ず、ニルバナの言葉を待つ。
「おや、認められないのですか? ……なら、言いましょう。……シイルさん、あなたのことをロナ様は愛していたのです。妹としてではなく、一人の異性として」
やはりだ。
……確かにルネとルナもそういっていた。
だが、俺は首を振った。
「嘘だ! だってマルティナは……!」
「『ロナ様は、あなたのことを憎んでいる』……そう吹き込み続けていたのでしょう?」
「ど、どうしてそれを……?」
「大体想像はつきますよ、あなた方の態度を見ていればね」
そう少し呆れたような表情で、ニルバナは続ける。
「マルティナさんは、あなたを独占したかった。それで、あなたを洗脳していたのでしょう。『自分だけがあなたの理解者だ』とね」
「ふざけんな! マルティナはそんな奴じゃない!」
俺は思わずニルバナの胸倉を掴みあげ、殴ろうとした。
……だが、暴力はダメだ。それに、殴っても彼の言説を否定できない。
そう思い俺は腕を下ろす。
ニルバナは余裕の表情を崩さずに、服の裾を直した。
「ま、マルティナさんに自覚はないのでしょうね……。ですが、あなたにロナ様が恋をしていたことは確かです。……そして……私の言いたいことはお分かりですね?」
「……ああ……」
ニルバナのいうことを100%信頼は出来ない。
だが、いずれにせよ確実に分かったことがある。
「ロナが……魔王になったのは俺が……あいつの気持ちに気づかなかったから……つまり、俺のせいだってことだろ?」
「よくおわかりで」
仮に奴のいうことが嘘で、マルティナのいう通りロナが俺を憎んでいたとしても、同じことだ。
どちらにしても、ロナが俺のせいで魔王になったこと。そして、そのせいで多くの人間が傷つけられ、命を落としたことは事実だからだ。
ニルバナは真面目な顔になり、俺を非難するような口調で語りかける。
「この世界での英雄ごっこはさぞ気持ちがよかったでしょう? ですが、シイル様。あなたの愚かさが、災厄の原因だったのですよ? ……あなたがロナ様を受け入れていれば……この村の人たちも死ななかったでしょうね」
ニルバナのいうとおりだ。
……全て、俺が悪かったのだ。
「……俺は……どう責任を取ればいい?」
「簡単です。……こちらをどうぞ」
そういうと、ニルバナは一本の短剣を取り出し、俺に差し出した。
見ると、それだけで凄まじい魔力が籠っていることが分かる。
恐らくは、彼が開発した魔道具だろう。
「罪深いあなたにふさわしい魔道具です。……これをロナに使ってください」
そういって、ニルバナは俺にその道具の使い方を教えてくれた。
「……なるほど……分かった」
「あなたが起こした問題は……あなた自身が責任を取るのです。それを伝えるため、私はここに来たのですから」
……彼が俺を利用しようとしているのは分かっている。
だが、この短剣の力は、俺にとってありがたい。
ロナが行った多くの罪を全部一緒に背負えるなら、俺にとっては最高の提案だ。
「このことはマルティナ様にはお伝えしませんように。きっと彼女のことですから、あなたの身代わりになろうとするでしょうから」
「ああ……だろうな」
俺は短剣を自分の懐にしまいながらニルバナを見据える。
こちらばかり利用されては癪だ。少しはこちらも、奴を利用してやろう。
「……俺はお前のいうとおりにする。けどニルバナ? ……さっきお前、俺に強引にキスしただろ? あの分の埋め合わせに、誓ってほしいことがある」
「ほう? どのような誓いを?」
「……俺が居なくなった後は……マルティナのことは、お前が守ってほしい。一つはそれだ」
そういうと、ニルバナは頷く。
「……かしこまりました。他に私に誓ってほしいことは?」
「……ああ。人類の幸せのために、これからはお前が力を尽くしてくれ……」
「言われなくともそのつもりですが……約束しましょう。このニルバナの名にかけて」
そう、ニルバナは恭しく頭を下げた。
……彼は悪魔族だ。その約束は信頼できる。
「頼んだぞ」
「ええ。……私は人類を愛してますから」




