5-7 教会の屋根の上でのボス戦は、熱いと思いませんか
『ぐえええええ……』
『うううううう……』
「ひ、ひどい……なに、これ……!」
「酷いよ……みんな、殺されちゃってたってこと?」
窓の外はまさに地獄絵図だった。
村人たちの目が腐り落ち、鼻はもげて、うめき声をあげながらこちらに迫ってくる。
恐らくルネ・ルナは、俺たちが周囲の吸血鬼を倒している間に村人を皆殺しにしたのだろう。……昨日の時点で、すでに彼らは操り人形だったのだ。
よく見ると、先日森で見つけた遺体もその中に混ざっている。
彼らのうつろな目を見ながら俺は呟く。
「……吸血鬼にとって人間は栄養源だ。襲って殺すこと自体は恨まない。けど……」
「ああ。これは生きるためじゃなくて……弄ぶためにやったんだね。実際、村人たちから、やたら血の匂いを感じる。あいつら……血を吸ってもないみたいだね」
「……許せない……!」
マルティナは珍しく怒りを露わにした。
……俺も、村人たちを意味もなく殺しただけでなく、遺体を弄ぶ行為は許せない。
セドナは俺たちの肩を叩いて、冷静な口調で答える。
「冷静さを失わないでよ、お二人さん。……どうやら、こっちだね」
「ああ……」
彼らは俺たちに対して危害を加える様子はないが、まるで通せんぼをするように道を塞いでいる。……道が開けているのは教会の方向だけだ。
俺たちは周囲を警戒しながらも、そちらに向かうことにした。
「……なんで教会? ヴァンパイアにとって不利な戦場だろうに……」
「さあね……ただ、理由があるんだろうね」
「……奴らは教会の中にいるのか?」
俺が教会に手をかけようとしたその時、ドアがバタンと開いた。
「きゃあ!」
『助けてくれえ……』
『苦しいよう……勇者様……どうして……来てくれなかったんだ……』
そして動く屍である村人たちがそういいながらこちらに迫ってくる。
そんな風に口々に俺たちへの恨みごとを口にする村人たちに、マルティナは泣きながら後ずさりする。
「ひい……! ご、ごめんなさい……!」
「気にするな! それも操って話しているだけだ! 遺体がものを考えるわけがないだろ!」
「……そ、そうか……。うん……」
なんて悪趣味な連中だ。
俺たちの心を弄んでいるのだろう。
怒りを覚えながらも周囲を見渡すと、村人たちがこちらに集まってきている。
「くそ……周囲を囲まれてるな……それに教会には入れないし……」
「どうやら、屋根の上に来いってことだろうね……」
「なるほどな……」
そう思いながらも俺たちは教会の脇にわざとらしく置立てかけてあった梯子を上った。
俺たちが教会に上ると、美しい満月が周囲を照らしていた。
また、村人たちが持つ松明によって足元も明るく、視界は良好だ。
そしてその光に照らされ、一組の兄妹が手を握ってこちらのことを笑いながら見つめていた。
どちらも正装に身を包んだ美しい容姿をしており、その口元に生えている牙がヴァンパイアであることが分かった。
「お前が……村人を殺したのか?」
だが、俺の質問には答えず、兄妹は答える。
『ようこそ』『ようこそ』
『僕たちが』『私たちが』
『四天王のルネだよ『四天王のルナだよ』
……でた、双子あるある『二人で同じことをしゃべる』だ。
俺はもう一度同じ質問をした。
「ルネ、ルナ……なんでこんなことをしたんだ?」
『決まっているだろ? 勇者様の恐怖する顔を見たかったからだよ』
「そんなことのために、村の人たちを……! 許せない!」
『おお、いい顔いい顔! やっぱ『悪い奴』がそうやって怒る顔を見るのって楽しいねえ、ルナ?』
『そうよね、ルネ!』
そういいながら、きゃははと笑う二人。
なるほど、魔族側からすれば俺たちは悪役ということか。
そんな彼らに俺は尋ねる。
「……それで、なんでここに俺たちを呼び寄せた? お前らに有利な場所でもないだろう?」
彼らの後ろには大きな十字架がある。あそこに彼らをたたきつければ、ヴァンパイア・ロードであっても大ダメージを期待できる。
ルネはフン、と笑いながら答える。
『決まってるじゃないか! 他の魔族たちに見せつけるためさ!』
『そうよ! 吸血鬼が教会の上で、勇者様を倒したなんてことになったら、周りも認めざるを得ないからね!』
なるほど、どうやら魔族たちも人間と同様一枚岩ではないようだ。
少しでも自分たちの地位を上げるための箔をつけるためということだろう。
『そうだ、余興が恐怖ショーだけじゃつまらない。……もう一つ、素敵なものを見せてあげよう』
『そうね……さ、ルネ? いいわよ?』
「……何をする気だ?」
そういって俺は警戒しながらもその様子を見据える。
ルネは妹のルナとつないだ手をほどいた後、彼女の腰に手をまわし、そしてルナはを閉じる。そんなルナにルネは……
「ん……」
その唇にキスをした。
「何やってんだ?」
兄妹で唇にキスをするということは、確かに異様だ。
……だが、俺とは対照的にマルティナはごくり、と緊張するように唾をのむ。
「そういう、こと……」
「どういうことだ?」
恋人同士のように舌を絡め合う二人を見ながら、マルティナは呟く。
「あいつらは……『エデナー』だよ」
「エデナー?」
そう俺が尋ねると、横からセドナが説明してくれた。
「家族や同性で愛し合う連中の総称さ。……魔族の世界ではさ……同性愛と近親相姦はご法度なんだ。それが知れ渡ったら、最悪処刑されることもある。つまり……」
「そういうことか……」
俺はその意味が分かり、杖を構えた。
『そう。僕らは異性として愛し合っている。……そして今、このことをキミたちに知らせた。その意味は分かるよね?』
「ああ……絶対に俺たちを始末するっていう、意思表示だろう?」
『ご明察!』
そういうと、ルナは剣を構え、ルネは魔力を解放した。
……凄まじい殺気と魔力だ。正直、今すぐ教会から飛び降りて逃げ出したいくらいに。
だが彼らは、ニヤリと笑って答える。
『僕らをおかしいと思うかい、シイル? けど、君だって同じだろう?』
「なんのことだ?」
『そうよ。ロナとあんたが本当は恋人同士だってこと、知らないと思ってるの?』
「……はあ?」
『とぼけても無駄だよ。……魔王ロナ様が、どれほど君を愛しているか、僕らはさんざん聞かされているからね』
「ロナが……俺を?」
「騙されないで、シイル!」
だが、マルティナがそう叫んだ。
「あれはヴァンパイア・ロードのやり口……! シイルを動揺させるための嘘だから!」
「そうなのか?」
「うん! ロナはシイルを憎んでいることくらい分かってるでしょ? あんな奴の甘言に耳を傾けちゃダメ! あたしを信じて!」
「あ、ああ……」
それはそうだ。
こんな今あった奴より、付き合いの長いマルティナのいうほうが正しいに決まってる。
……もし、あいつらの話が本当だったら嬉しかったけどな。
そう思いながら、俺は自分のくだらない願望を打ち払うべく、パン! と自分の顔を叩く。
「さあ、いくぞ化け物! 村人たちの恨み……ここで晴らして見せる!」
『ふうん……まあいいや。少しは楽しませてもらわないとね!』
『さあ、かかってきなさい!』
なるほど、あくまでも先手は譲るということか。
……舐められたものだ。
そう思いながらも俺たちは彼らに向けて突進した。




