1-2 「この魔法」を知らない読者はいるのかな?
「……来るよ!」
そういうとともに、茂みから魔物が現れた。
「ぐがあああああ!」
そこにいたのは、青色で一つ目の化け物。
頭と背中に大きな角があり、それを大きく振り回すように威嚇しながら、手に持った棍棒を振りかざしてきた。
それを見て、グリモアは明らかに拍子抜けしたような顔をした。
「なんだ、レッサー・サイクロプスか……」
「本当ね。これなら私でも勝てるわ? マルティナ、あんたたちの出番はないわ」
アリーナも同様に、緊張を解く。
まあ、それも無理はない。
奴は物語の中盤に出てくるモンスターで、正直レベルでいうと20ほどあれば難なく倒せる。
グリモアとアリーナは加入時点でレベル50、そしてロナのもとに付いたときには70だった。
レッサー・サイクロプス程度なら剣技も魔法もなく通常攻撃だけでワンパンできる。
「よし、折角だし気持ちよくぶった切ってやるか……」
だが、グリモアは魔王ロナにコテンパンにされた怒りがまだ消えていないのだろう。
ニヤリと笑みを浮かべると、必殺技の構えをした。
「あのチビにボコされて、イライラしてるんだよな、俺はさ……だからさ、最強技でぶった切ってやるよ!」
そういうとレッサー・サイクロプスに向けて突撃するグリモア。
……だが、俺はその瞬間猛烈に嫌な予感がした。
「待て、グリモ……!」
「くらいやがれ! 飛燕閃光激!」
グリモアは俺の制止を無視して剣を振り上げる。
……だが。
「な……どうして……!」
やっぱりだ、技が発動しない。
……俺はさっきから自分の体に違和感を感じていた。
俺はこの世界に転生してから、妹のロナを守るため……いや、幸せにするために必死で鍛錬を続けてレベルを上げてきた。
だが、今まで鍛えに鍛えてきた魔力が全身から感じられなくなっているのだ。
(まさか……!)
俺はそう思いながら道具袋に入っている『査定の宝珠』を取り出し、握りしめた。
これは、握ったものの力量……即ちレベルの値に比例して輝きが増すものであり、冒険者なら誰もが無料で手に入れることが出来る。
力いっぱい宝珠を握りしめ、俺は確信した。
(宝珠が光らない……。ということは俺の今のレベルは1……!? くそ、やっぱりか!)
これで文様の謎が解けた。
……恐らくだが、魔王ロナがかけた呪いは『レベルを1に固定するもの』だ。
だが、グリモアはそのことに気が付いていない。
必殺技の未発動を単なる「MP切れ」とでも思ったのだろう、剣を構えてレッサー・サイクロプスを睨みつける。
「くそ、剣技がなくたって、こんな雑魚……!」
「よせ、グリモア! 俺たちは……!」
「黙ってろ、クソが!」
だが、俺の制止を聞こうともせずにグリモアはレッサー・サイクロプスに斬りかかる。
「だああ!」
だが、以前は閃光のように鋭かった一撃は、まるで子どものお稽古ごとのごとき鈍さだった。
「な……なんだ……力が、入らない……!」
そのあまりに軽い一撃を受け、レッサー・サイクロプスはニヤリと笑う。
……まずい、調子づかせたようだ。
「グゲゲゲゲゲ!」
そう叫ぶとともに、奴は棍棒を振り下ろす。
「くそ、こんな一撃受けたって……!」
そういいながら盾を構えるグリモア。
……普段なら、ノーガードでもダメージはかすり傷程度だろう。
だが。
「ぐわああああ!」
そう叫ぶとともに、思いっきり吹き飛ばされ、近くに遭った大木に激突した。
「ああああ! いてえ、いてえよお!」
グリモアは先ほどまでの強気な態度はどこへやら、全身をたたきつけられた衝撃でのたうち回っていた。
(くそ……やっぱりか……!)
この世界に来てモンスターたちと戦って分かったことがある。
俺たちが感じるダメージは「HPがどの程度削られたか」ではなく「最大から何%削られたか」という相対的な数値によって決まる。
つまり、体力1000のキャラが500ダメージを喰らうより、体力200のキャラが190ダメージを喰らうほうがはるかに強烈な痛みが走るということだ。
「た、助けてくれ、もう無理だ! 勝てねえよ……! 回復してくれ、アリーナ!」
グリモアは幼少期から天才的な才能があったのだろう。
だから、魔王ロナとの戦いでも「一撃で体力を9割削られる」ような経験はしなかったはずだ。
その情けないグリモアを見ながらも、焦った様子でアリーナは呪文を唱えるべく杖に魔力を込める。
「う、うん……光の精霊よ、彼のものを癒せ! グランド・ヒール……あれ?」
だが、やはり彼女の魔法も発動しない。
レベルが1に戻されたことで、殆どの魔法がつかえなくなっているのだろう。
「グゲゲゲゲゲ!」
そしてレッサー・サイクロプスは『柔らかくておいしそうな餌』と彼女を判断したのだろう、ニヤリと笑みを浮かべると彼女に向けて棍棒を振り上げた。
「あ、わ……し、障壁を……ダメ! 出ない……助けて!」
アリーナは慌てた様子でバリア系の魔法を使おうとするが、それも当然発動しない。
体力があり重装備であるグリモアと違い、アリーナはあの一撃を喰らったらひとたまりもないことは明らかだ。
(くそ……なら……俺が最初に覚えた魔法……これなら、使えるか!)
そう思い、俺は呪文の詠唱を始めた。
「神より堕天したものルシファー、そのものより与えられし力、我がもとに集え……!」
これは、俺が前世の『現代日本』でゲームをやっていた時に、多くのゲームで出てきた魔法。どこで最初にこの魔法を知ったかは皆知らないのに、なぜか皆知っている魔法。
熟練したファンタジー系のRPGプレイヤーなら『この魔法を使わないゲーマー人生』は、まず歩まないだろう。
……だからこそ、前世でゲームオタクだった俺は、この『魔法の代名詞』ともいえる術を異世界で最初に覚えた時、まさにファンタジーと一体化出来たような感動を感じた。
あの時の感動は今でも微塵も薄れない。
基本にして、原点。
最高にして最古。
もはや『この魔法』は数多のゲームで垣根を超えて伝わる『共通言語』あり、この魔法の知名度はゲーム……否、人類が存在する限り、永遠にトップであり続けるはずだ。
……その魔法の名は……
「喰らえええええええ! 『ファイヤーボール』!」
そう叫ぶと、俺の杖から小さい火球が現れ、それがレッサーサイクロプスの目に向けて飛んでいく。
やっぱりだ、レベル1で覚えたこの魔法は、かろうじて使用できるのだ。
「グエ……! グググ……! ガア!」
だが、その火球は奴の皮膚を焦がしただけで力なく燃え尽きる。
レッサー・サイクロプスはすぐに火球を振り払うと、こちらを睨みつけた。
「ひ、ひい……」
「きゃあああああ! もういやあああああ!」
だがその隙に、アリーナはグリモアの治療を諦め、杖も放り出してその場から逃げ出していった。
はなから利己的なあの二人の助力など期待していない。
……寧ろ、足で惑いでもある彼女を逃がすことが出来ただけ、良しとしよう。
「グガ……ガアアアア……!」
レッサー・サイクロプスは怒りといら立ち交じりの表情でこちらにゆっくりと歩み寄ってくる。
どうやら、ターゲットを俺たちに移したことが分かった。
(くそ……まずいな……! 逃げるか、それとも……)
だが、俺がそんな風に思案をめぐらせている中、隣にいた勇者マルティナは違った。
そんなサイクロプスを見て興奮したような表情で、そのレッサー・サイクロプスの一撃を待ちわびるように剣を握りしめていた。
「う……うひひ……い、いいじゃない……その一撃……! グリモアを瀕死においやるなら、あたしはきっと……フヒヒ……!」
(お、おい……。まじかよ、なんであんなに嬉しそうなんだ……?)
その異様な表情を見せる彼女を見て、マルティナがまだ12才の少女であることを忘れそうになった。




