5-3 低レベル縛りにおいて、吸血鬼は「カモ」だ
そして翌日、俺たちは村人たちに教えてもらった吸血鬼たちのねぐらを教えてもらい、討伐に向かっていた。
話によると、この村を中心の周辺には3箇所に古城があり、奴らはそこに住んでいるとのことだ。敵の数は十数体。俺たちは草をかきわけながら、各地にある古城に向かっている。
「ふう……それにしても、思ったより開けた森だな……」
俺がそう独り言をいうと、セドナはぽつりと呟く。
「スパイのニルバナに聴いたんだけどさ。このあたりの村は、割と吸血鬼たちに支配されたのが最近なんだ。だから、この辺の森は結構手入れされてるんだろうね」
「なるほどな……ってことは、やっぱりこれもロナが命令してやったってことか……だとしたら、彼らの犠牲は俺の責任だ……」
吸血鬼に襲われたのだろう、足元でミイラと化した村人の死体に手を合わせながら、俺はそうつぶやいた。
だがそう考えていると、マルティナが少し不機嫌そうな表情を見せた。
「ねえシイル? そうやってさ、自分を責めないでよ?」
「マルティナ?」
「悪いのはロナでしょ? それに話を聴いていると、シイルはずっとあの女のために頑張ってきたんじゃない! なのに、魔王になったのは……やっぱり、あの女自身に問題があると思う」
「いや……マルティナは俺の仲間だからそう思うだけだよ」
俺が悪くないと感じるのは『俺視点』の話しか聞いていないからだろう。
人間はどうやったって、自分に有利なように話を捻じ曲げるし、多分俺もそうだ。だからロナの側から話を聴いたら、きっと俺はろくでもない奴に見えているに違いない。
だが、マルティナはそれを聴いてもプリプリと怒った表情を見せた。
「だからあ! あたしはシイルの仲間じゃないんだよ? あたしはシイルの『モノ』だって、何度も言ってるじゃん! ……だからさ。どんなことがあっても、シイルの側につくに決まってるでしょ!?」
「あ、ああ……。そうだな……」
男性向けの小説には、たまに『持ち主』のことを無条件に全肯定してくれる、人格のないお人形ヒロインが出てくる。……マルティナも、俺のためにそんなヒロインになってくれるというのだろう。
それを一瞬でも嬉しく思った自分がたまらなく嫌になる。
だが、その様子を見て少し空気が悪くなるのを察したのか、セドナが俺たちの間に入って北東を指さした。
「そんなことよりさ、そろそろ二つ目の古城が見えそうだね」
「え? あ、本当だ」
俺たちは午前中のうちに古城を一つ落としている。
恐らくは今日中に後2つの古城も奪い返せるだろう。
「けど、ヴァンパイアたちが、あんなに簡単に倒せるなんてな。これなら、聖水は一体につき1つしか使わないで済みそうだ」
「アハハ……シイル、また貧乏性の悪癖が出てるよ?」
ヴァンパイアは高い魔力や様々な特殊能力を持つ強敵として知られている。
……だが、その攻撃パターンは俺たちにとっては寧ろ格好の『カモ』だった。
アンデッドに大ダメージを与えることが出来る聖水(当然だが、需要のひっ迫しているブラックパークの村では大変高価な代物だった)も、まだ十分に残っている。
「っと……お二人さん、ちょっと口にチャックしてくれ……敵だ……」
チャックという表現をするのが、転移者のセドナらしい。
そう思いながらも正面に目を向けると、一体の黒いマントに身を包んだ男が佇んでいた。
……どうみても吸血鬼だ。
この世界の吸血鬼は、昼間でも活動することが可能なことは分かっている。そして奴は見たところ、それなりの立場にいるのがわかる。
(いくぞ、手はず通りに行こう)
(うん)
俺たちにとって幸いだったのは、こちらが先に敵を補足出来たことだ。
俺とセドナは茂みに身を潜ませ、マルティナはふらりと奴の前に近づく。
『む……我らが居城に近づくとは……無謀なものもいたものだな……』
するとようやく男も気づいたようで、威厳ある口調でその男は尋ねてきた。
マルティナはいつもの『メスガキ顔』になって、質問をする。
「ねえ。一応聞くけど、あんたは人間?」
『愚かな。我らがそんな下等な種族に見えるのか? 我は誇り高き吸血鬼ぞ』
語尾に「ぞ」ってつける奴、現実には初めて見たな。
俺はそう思いながらも、マルティナがクスクスと笑みを浮かべて相手を煽る姿を見つめた。
「あ、そう。……けどさ。あんたって吸血鬼の中でも下っ端の召使でしょ?」
『……なに?』
「あんたみたいな雑魚を倒してもしょうがないしなあ~……。あんたの奴隷主のルネ・ルナだっけ? そいつらの場所を教えてくれて、もう悪さしないなら……あんたくらいはお情けで見逃してあげてもいいけど?」
『……ふざけるなよ、人間ごときが……!』
マルティナの固有スキル『挑発』による発言だ。
プライドの高い吸血鬼は、人間から情けをかけられるのを何より嫌う。この一言で、彼はマルティナをターゲットに認定したようだ。
「死ね、貴様!」
そう叫ぶとともに、吸血鬼はこちらにとびかかってきた。
そこに合わせる形で俺は茂みから飛び出して魔法を唱える。
「今だ、ファイヤーボール!」
「ぐ……!」
アンデッドは通常、光魔法の他にも炎魔法も通用する相手が多い。
これは吸血鬼も例外ではなく、レベル1の俺の魔法でも不意をつけばそれなりにダメージは入る。
「それ、私もいくよ!」
そしてセドナは、吸血鬼がひるんだすきに強烈なかかと落としを叩き込む。
アンデッド相手に『脳を揺らす』攻撃はあまり効果がない故、力づくで頭を叩き潰すような攻撃の方が有効だ。
『ぐ……不意打ちか……卑怯な……』
「フン、引っかかるほうが悪いんだよ! それ!」
マルティナはそう叫びながら、剣で何度もいたぶるように切り付ける。
……まあ本当は、攻撃力が低すぎて奴の身体を両断できないだけなのだが。
『だが、舐めるな……! 貴様らの血を吸えば……こんな傷など!』
「……フヒ……やってみなよ!」
そう叫びながらマルティナに掴みかかり、首筋に牙を突き立てる。体力を吸収する『吸血』だ。
……だが。
『な……なんだ、貴様の体は……! 傷が、回復せん……!』
「フフ……そうなんだよね……!」
吸血鬼の『吸血』は割合ダメージだ。
相手の体力の3分の1を奪い、自分の体力に変えることが出来る。……だが、元の体力が殆どない俺とマルティナに使っても回復は期待できない。ロボットのセドナに至っては効果自体がない。
『ならば、貴様らを弱くするまでだ!』
そう叫ぶと吸血鬼はマルティナと距離をとって呪文を詠唱する。
あれは吸血鬼が得意とする呪文だ。
『……我が吸血鬼族にのみ許された、最凶の切り札、とくと受けよ! レベルドレイン!』
これは冒険者が一番食らいたくない技であり、あの魔法があるゆえに冒険者は吸血鬼退治を敬遠するほどだ。
彼らの放つレベルドレインは『吸収』ではなく『ドレンホース』などと同様に『排出』を意味する。……つまり、術者を倒したとしても、失ったレベルはもとに戻らないためだ。
だが、これも俺たちには意味がない。
一瞬俺たちの身体が光るが、その後何事もなかったかのように光が消失した。
『な……なぜ効かぬ! ……まさか、貴様らは……レベルが1だというのか!?』
正解だ。
魔王ロナの呪いにより、俺たちはレベルが1に固定されている。そんな俺たちにレベルダウンの攻撃なんて、ただのサービス行動でしかない。
だが、奴がそれに困惑する隙を見逃してはいけない。
「セドナ、一気に決めてくれ!」
その隙に俺はセドナに対して、一時的に攻撃力を上げるアイテム『勇者の勲章』を掲げた。
勲章から赤い光が放たれ、それがセドナの周囲を包み込む。
「サンキュ、シイル! ……はあ! 破天撃!」
それに呼応してセドナがマルティナに食いついた吸血鬼に強烈な肘鉄を喰らわす。
『ぐはあ……!』
吸血鬼の牙がバキリと折れた。
……この牙は、吸血鬼にとっては急所となる。奴はその一撃を受けて膝をついた。
「こいつでとどめだ!」
そして俺は、隙をみせた吸血鬼に『聖水』の瓶を開ける。こいつは高価なアイテムなので、絶対に命中させないといけない。
『ぐわあああああ!』
動きの素早い吸血鬼だが、こうやって動きを封じてしまえば聖水を避けられるわけもない。
この聖水が決定打となり、吸血鬼は塵となった。
「ふう……いい調子だな」
「うん。あたしたち『低レベルパーティ』と相性がいいね、こいつらは……」
「だな」
いわゆる『低レベルクリア』の場合、通常ではなんてことのない雑魚が恐ろしい強敵になることも多い。その一方で、彼ら吸血鬼のように通常では恐ろしい敵が『カモ』になることも稀にあるのかもしれないと、俺は考えた。
「まだまだ吸血鬼はいるみたいだけど……この調子なら、殲滅は難しくなさそうだね」
「ああ。だけど油断はしないようにしよう。それと、こいつも回収しないとな……」
そういうと、俺は吸血鬼からドロップアイテムを取得した。
大体吸血鬼たちは、このアイテムを持っていることが多い。恐らく先祖代々の品なのだろう。
「なんだ、そのアイテム?」
「ああ。『霧隠れのマント』っていってな。使うと一回だけ攻撃を回避できるんだ」
「ああ、なるほどね。ルネとルナは吸血技を使ってこないから、今みたいな戦いはできないもんね」
そうセドナは答えた。
ルネ・ルナが剣と魔法を持って戦うということは、昨夜セドナから教えてもらったものだ。だが、それに対してマルティナは少し不思議そうな表情をする。
「けどさ。なんで、その二人は吸血技を使わないんだろうね? 使うほうが有利なのに」
そういうと、セドナは少し呆れた様子で答える。
「ああ、ニルバナから聴いたんだけどさ。どうやらあいつら『自分が四天王になったのは、吸血鬼という恵まれた種族だからだ』って言われて来たのがそうとうムカついたらしいんだよ」
「ああ……吸血鬼はプライドが高いもんね。そういわれたら怒るか……」
「そ。だから『吸血鬼の力に頼らなくても、僕らは四天王にふさわしいんだ』って証明するために、吸血技を使わないらしいね。レベルドレインを使うこともないらしいよ」
通常であれば、それはありがたいことなのだろう。
しかし、俺たちのような低レベルパーティには、寧ろそういう『力押しタイプ』との相性が最悪だ。
結局『低レベルクリア』において、一番怖いのは『敵の通常攻撃』なのだから。
そう思いながらも、俺はアイテムを荷物袋にしまうと次の古城に向かった。




