5-2 露骨な色仕掛けを疑わないほど、この世界の村人は愚かじゃない
それから数日経って、俺たちはブラックパークの村の近くまで来ていた。
道中の敵はやはり魔王城が近いこともあり強敵ぞろいだったが、『低レベル縛り』の俺たちの戦略は変わらない。
最初に確定で先手を取れるロナが眠り草を投げ、動きを止める。
仕損じたらセドナが足払いでスタンを行い、その後全員でタコ殴りにするという作戦だ。
因みに忘れがちだが、確定先手を取るアイテム『愚か者のブローチ』は防御力が0になる副作用がある。本当はセドナに渡したいが、ロボットである彼女が破壊された場合修復が難しいため、ロナが引き続き所有している。
「ふう……結構進んだな」
「うん。……にしてもあんたらって、本当にレベルが上がんないんだね」
「ああ。俺の持つ『経験値5倍』の固有スキルもこれじゃ意味がないな」
この世界では、モンスターを『倒したもの』が、経験値としてマナを取り込むことが出来る。だが、セドナはロボットである故かマナは取り込まれず、彼女が倒した場合のマナは俺たちが得られるようになっていることが分かった。
「レベルが上がらないのに旅をするのは大変だね。……けど経験値自体は沢山貯めてんだろ? どこかで有効活用できるといいんだけどね」
「まあな……そんな都合のいいアイテムがあれば、だけどな」
そういいながらセドナと談笑していると、マルティナが俺たちの手を掴んで遠くを指さした。
「あ、見てシイル! ほら、ブラックパークの村が見えたよ?」
「え? ……本当だ。よかった、ちょうど食料も残り少なかったし、助かるな」
「今日はベッドでゆっくり休めるね……あたし、疲れちゃったよ……」
「ハハハ、じゃあ私がおぶっていってもいいけど?」
セドナはマルティナ同様、他者への奉仕を積極的に行う性格だ。
だが、マルティナは誰かに尽くされることを好まないため、少し居心地が悪そうな表情で答える。
「え? ……ううん、いいよ。急ごっか?」
そういって、俺たちはブラックパークの街に到達した。
「うーん……暗いな、やはり……」
「もう夕方だもんね」
「いや、そういう物理的な暗さじゃなくて、村全体の雰囲気のことだよ」
村人たちの表情は暗く、全身にニンニクや聖印といったものを装備していた。
……まさに、ヴァンパイアに支配されつつある村といった印象だ。
マルティナはそれを見て不思議そうに尋ねる。
「そういえばシイル? 吸血鬼ってさ。ニンニクや聖印は効果はあるの?」
「この世界の吸血鬼には効くよ。聖印を当てれば火傷するし、ニンニクを食べたら中毒死するって聞いてる。けどまあ……あまり意味はないな」
「それでも、縋るものがあれくらいしかないってことだろうね……可哀そうに」
確かに(この世界における)吸血鬼は聖印やニンニクには弱い。
だが、動きの速い吸血鬼に聖印を押し当てることなど難しいし、戦闘中にニンニクを口の中に放り込むなんて神業だ。そもそもそんなことが出来るなら、実力でも打ち負かせる。
俺たちは村の入り口に来るなり、一人の男に呼び止められた。
「……何のようだ?」
第一村人とでもいうべきだろうか、村との出入り口に立っている中年の男性は、明らかにこちらを警戒している様子で尋ねてきた。
「すみません、俺たちは冒険者をやっているものです」
「そ、あたしはリーダーのセドナってんだ。一応格闘家なんだ。んでこの二人は剣士と魔導士ってとこかな」
「……怪しいな……」
万一彼らの中に吸血鬼の手先がいたとしたら、俺たちの素性が割れるのはまずいと思い、セドナに挨拶をしてもらった。
当然だが、村人はよそ者である俺たちを警戒する表情を見せた。
それを察したのか、セドナがふらりと前に出て、蠱惑的な笑みを浮かべる。
「へえ、私が吸血鬼だって心配かい? ……ならさ。そこの物陰で、好きに身体をまさぐっても構わないよ?」
「ふうん……好きに……ねえ……なるほどな……」
そういうと村人は鼻を下を伸ばすどころか『見くびられたものだ』とばかりに、フフンとほくそ笑む表情を見せた。
……あ、これはまずい流れだ。
だが、セドナはどうも相手の気持ちを理解できないようだ。
村人の方に腕を回して、誘惑するように耳元で囁きながら服の裾をピラリと見せる。
「どうせあんた、独身だろ? ……そうだ。今夜、私を部屋に呼びなよ。あんたの好きな奉仕をしてやっても構わないんだ。だから村に入れてくれないかい?」
「ははん……そういうことか……やはり、貴様は」
「バカ!」
そういうと、俺はセドナを村人から引きはがし、彼女の頭を叩いた。
ガイン! ……と凄まじい音が響き、俺の腕がズキンと痛む。
「ちょっと、何すんのさ!?」
「そのやり方は逆効果だ! 『ああ、こいつは色仕掛けで男を物陰に連れ込んで、人を襲う系の吸血鬼なんだな』って思われるのが落ちだろ!」
セドナがしたような色仕掛けに乗って、物陰で殺される展開。
そんなのは、ホラーでは定番中の定番だ。流石に彼らも警戒するに決まっている。
「けどさ、私は別にそんなつもりじゃ……」
「ないのは知ってるよ! けど普通は、知らない女がいきなり『私を好きにしていい』なんていうわけねえんだよ! そんなの『これは罠です』って胸にプラカード下げてるようなもんだ!」
現代日本でも、セドナが同じ誘惑をしたら『美人局』を疑うに決まってる。
そう思いながらひとしきり怒鳴ったあと、俺は村人の前に向き直って、深々と頭を下げた。
「はあ、はあ……。すみません、うちのバカが誤解されるようなことをして……」
「あ、いや……」
「けど、俺たちは誓って吸血鬼じゃありません。……ルネとルナを倒しに来たんです」
「うーん……」
今のコントのようなやり取りを見て、村人も少し表情が柔らかくなったのはケガの功名だろう。
マルティナも横から口を開く。
「けど、やっぱり怖いよね、あたしたちのこと……。だったらさ! ご飯と情報だけ売ってくれない? 今夜は森で野宿するから」
「情報って?」
「この辺にいる、吸血鬼の居場所のことだよ。あたしたちが、吸血鬼たちをバーンってやっつけてくるから!」
そうマルティナは笑顔を見せた。
まだ幼い少女を野営させることに気が引けたのだろう、村人は少し困惑する表情を見せた。
「……危険だぞ?」
「知ってる! ……吸血鬼って、すっごい強いんでしょ? それなら、いいじゃん……すっごい痛い思いが出来るってことだろうし……フヒヒ……」
マルティナはそういうと、またいつもの恍惚とした表情を見せた。
「……なんだ、こいつらは……」
吸血鬼はプライドが高い種族故、自身の性癖を暴露することなど絶対にしない。
そのため、マルティナの様子を見た村人は『こんな変な連中が、吸血鬼とは思えない』と感じたのだろう。懐から聖印を取り出した。
「よし、ちょっと待ってろ」
そういうと、その村人は聖印を俺たちに押し当てた。
……なるほど、この聖印は護身のためではなく、身元を保証するためのものだったのか。
仮に聖印で吸血鬼を倒せなくても『相手が人間であること』は担保できる。
「ふむ……一応は、合格か……」
彼は俺たちに聖印を押し当て、特に火傷が生じないことを確信したあと、ぽつりと呟く。
「よし、入っていいぞ。……だが、あまり長居はしないでくれ」
「俺たちをまだ疑ってるのか?」
村人は、それに対しては申し訳なさそうにしながらも頷く。
「ああ。……悪いが、ロード級のヴァンパイアには聖印が効かないらしくてな。……まあ、あんたらは違うと思うけど、念のためってやつだ。それに、万一村で事件が起きたら、真っ先にあんたらが疑われるだろう。だから互いのためにも、その方がいい」
「なるほどな。……わかった、明日にはここを出ることにするよ。ありがとう」
そういうと、俺たちは村の宿屋に向かっていった。




