5-1 ロナ編 日本人の宗教観なんて、筆者が説明できるわけねえだろ
ここは魔王城。
四天王の筆頭であり魔王軍参謀でもあるニルバナは、執務室で一冊の書物を読みながら、廊下で聞こえる声に耳を傾けた。
どうやら、そこにいたのはヴァンパイアたちのようだ。
……まあ、竜族とゴーレム族は先の戦いで大半を失っているためでもあるのだが。
「なあ、知ってるか? 四天王のフロア・デックが倒されたって話……」
「ああ。誰が倒したかは分からないらしいけどな。これで四天王は半壊か……やれやれ、ヤバいことになっちゃったなあ……」
「ほんとほんと。これも全部さ、上層部がバカだから悪いんだよな……」
実際問題として、四天王を立て続けに2名失ったことで、現在魔族たちの戦力は大幅に削がれている。だが、彼らはどこか他人事のような口調で話をしている。
「まったくだよな……。まあ、あいつらゴーレムっては元々融通効かない連中だったし、正直いなくなってくれるほうが楽だよな」
「だよな! そもそもさ。魔王軍は種族が多すぎるんだよ。俺たちヴァンパイアと悪魔族だけで軍を回すほうが絶対いいと思うしな」
それを憮然とした表情でニルバナは聴いていた。
魔王城に住む魔族たちは、ゴーレム部隊が倒されたことに少しも危機感を持たず、寧ろ彼らの日頃の態度の悪い面ばかりをあげつらって『ざまぁみろ』とばかり口にしていた。
(まったく……。自分の住む魔王城だけは、いつまでも安全だと思ってるんですかね……)
自分の身に降りかかるまでは、彼らにとって軍の動向は他人事でしかないのだろう。
そう思いながらもニルバナは、書物を読み進めながら彼らの無駄話を耳にしていた。
……最近は魔族が人間に対して劣勢にあることもあってか、魔族内では不満が溜まってきている。そのこともあり、魔族の間ではこういう異種族間の陰口が横行している。
新聞記事などでも、自種族……主に文章を書くのが好きな、ヴァンパイア族だが……が、他の『愚かな種族』に大してガツンとやり返す物語ばかりが流行している。
(まったく……あなたが今住んでいる魔王城は、ゴーレム達が作ったものだと忘れているようですね……やはり、魔族は汚い……)
相手の悪いところをあげつらい、自分が普段してもらっていることは当然とばかりに感謝しない。そういう魔族の性格をニルバナは嫌っていた。
(それに比べて人間は……。きっと、そういう下劣な部分を持たない素晴らしい種族なんでしょうね……私も、生まれ変わったら人間になりたいものです……)
魔族であるニルバナは人間と一緒に過ごしたことはあまりなく、書物の中の人間以外はロナくらいとしかまともに会話をしたことがない。
加えて、関わりの深いシイルやマルティナが極めて利他的な性格であったことも災いし、ニルバナは人間を殊更に美化している。
そして彼らヴァンパイアと入れ違いに、ドアの向こうからノックする音が聞こえてきた。
「ニルバナ、入っていい?」
「ええ、どうぞ」
入ってきたのは、美しく整った顔だちをした女性……魔王ロナだ。
「邪魔だったかしら?」
「いえ、今は読書中だったので」
「へえ。どんな本を読んでいるの?」
「ええ。仏教の書物です」
「嘘……なんでそんなものがあるの?」
「以前、とある転移者からいただいたものです。……確かロナ様の転生元の世界は日本でしたね? 懐かしいのでは?」
そういわれるが、ロナはピンとこないような表情を見せた。
「まあ、確かにそうだけど……あたしたち日本人は、仏教徒だけど仏教徒じゃない人が多いから、正直分からないわね」
「仏教徒だけど仏教徒じゃない?」
「ええ。……まあ、説明すると難しいんだけどね」
日本人の宗教観は、この世界から見ても特異なのだろう。
だが、それを異世界の人に分かりやすく説明するなど、筆者には出来ない。当然ロナにも説明することができない。
……残念ながら作者より頭のいいキャラというものは、作中には出てこれないのだ。
だが、ニルバナはそこに切り込むことなくロナに答える。
「それにしても、この『輪廻転生』と『解脱』という仕組みは面白いですね」
「転生……最近よく聞く展開ね」
「そうなのですね。それで、転生の輪から外れて、永遠を生きるというのが人間の一番の幸せ……ということが書かれています。こういう思想は、我々魔族にはないですね」
「へえ、そうなのね」
「ええ。……この本のおかげで人間が少し理解できました。なので私も、人間が『解脱』出来るように力を尽くしましょう。私は人間を愛していますので」
そうニルバナはいつものような笑みを浮かべた。
だが、ロナはそれにはあまり関心を示さず、彼の座ってるソファの隣に腰を下ろす。
「まあ、それはどうでもいいわ。ちょっと座らせて」
「え? ……はい、どうぞ」
ニルバナが同性愛者ということもあるのだろう、ロナはニルバナとかなり距離感が近い。
「シイルたちがどうなっているか、知ってる?」
「ええ。無事、彼らのもとにスパイを潜り込ませることに成功したので。彼らはスパイの手引きで、ブラックパークの村に向かっています」
「スパイ?」
それを聴いて、ロナは不安そうな顔をした。
「それ、大丈夫なの? あの女……マルティナはそういうの、鋭いと思うけど……嘘は簡単にバレるわよ?」
「安心してください。彼女は、ニルバナ……つまり私の方が、魔族のスパイだと思いこんでいます。本当は私が誘導していることに気づかず、我々を出し抜いていると思い込んでいるはずです」
「へえ、それなら……って、ちょっと待って!? まさか、そのスパイって女?」
ロナは慌てるような口ぶりでニルバナに尋ねる。
スパイの性別はあまり意味がないことだ。だがニルバナは想定内と言わんばかりに、表情を崩さずに答える。
「ご安心を。その方はゴーレム……いえ、あなたたちの言葉を使えばヒューマノイドだそうです」
「ヒューマノイドって……なんで、その言葉を知ってるの? ……ひょっとして、そのスパイも……」
「ええ。彼女はセドナというのですが……あなた方と同じ転移者のようですね」
そういうと、ニルバナはセドナの人となりについて説明した。
彼女はロナよりも少し未来の世界から転移してきたこと。
元は衛生兵として働く軍事用ロボットであり、高い格闘能力を持つが、人間には逆らわないこと。
奉仕を好む性質で、性奉仕も行う機能があるが、基本的に他者から望まれない限り自発的には行わないこと。
そして何より、シイル自身はセドナをどうこうする気もないこと。
それだけ聞いてロナは少し安心したような表情を見せた。
「それなら、まあいいわ……。けど、それでブラックパークの村に二人をおびき寄せて、どうするの?」
「あそこは、双子のヴァンパイアロードの『ルネ・ルナ』の支配地域です。あそこでシイル殿達を撃退する予定です」
「そんなことが出来るの?」
「恐らくは……」
「ふうん」
すでに彼の献策は何度も失敗しており、ロナはニルバナがシイルを利用しているのではないかと疑い始めている。
だが、彼女にとっては目下の関心は『最愛の兄であるシイルと、添い遂げること』である。
……そしてニルバナの種族は悪魔だ。彼らは種族の特性上、その約束を絶対に違えることはない。
ロナはそう確信しているため、ニルバナの意見を全て受け入れるつもりでいた。
「先のフロア・デックの戦いで確信しました。シイル一行の得意技は状態異常、及びデバフを用いての先制攻撃です。ですがルネとルナにそれは効きません」
「……そういえば、そうだったわね……」
ヴァンパイア・ロードであるルネとルナは、その高い魔力を使って『全てのデバフ魔法を無効化する』特殊な耐性を身に着けている。
加えてアンデッドであるためスタンなどを一部の状態異常を除いて効果がない。
「彼らには、生半可な格闘家では先手を取れません。仮にセドナ殿が全力でかかっても……恐らく追いつくことは出来ないでしょう」
「……なるほどね、分かったわ」
そうロナはあまり関心がなさそうに呟く。
「シイル殿はそこで彼らに捕らえさせ、連行させます。そうして世界を奪えば、ロナ様はシイル様を思いのままにすることが出来るでしょう。魔王城とブラックパークの街はさほど離れていないので、連行はたやすいかと」
「……確かに、それが成功すればいいかもしれないわね」
関心はないとはいえ、ロナは魔王として軍を運営する義務がある。
そのためロナ自身は軍事的な業務に力を注がなくてはならず、シイルに対するアプローチは口実なしには出来なかった。
「ロナ様は、その隙にミーヌ鉱山の代わりになる『グリッド鉱山』を落としてください」
「……グリッド鉱山?」
ロナは思わず聞き返す。
そこは確か、複数の国家が共同で運営している巨大な鉱山だ。確かにそこを落とせばミーヌ鉱山を失った分を補填して余りあるだろう。
また、シイルたちがいる場所とは別の大陸にあることもあり、彼らを巻き込むことはない。
「分かったわ。3日もあれば、落とせると思う」
「ではお願いします。……明朝には出発を頼めますか?」
「今からで十分よ。すぐに向かうわ」
そういうと、ロナは執務室を後にした。




