4-10 RPGではクリエイターの知ってる食事しか出されません
「自爆するだって!?」
「まずいね! 早くこっちに来な、二人とも!}
そう聞いた瞬間、セドナは全力でフロア・デックを突き飛ばす。幸い、奴はもう抵抗する余力はないらしく、トロッコからあっさりと転落した。
だが、まだ油断は出来ない。奴がどれほどの火力で自爆するかは分からないからだ。
「もっと速く走れ、このポンコツが!」
幸いなのは、つづら折りのスラロームは終わっており、洞窟の出口までは一本道になっていることだ。
俺はトロッコのブレーキを切って、全力でトロッコに動力になる燃料を投げ込む。
「荷物をもっと捨てるんだ! 急いで!」
「あわわわ……なんでこんなにつるはしが置いてあるの!?」
マルティナとセドナはそういいながら、トロッコの速度を少しでも上げるべく、上に乗っている採掘道具を次々に捨てていく。
そして数秒後。
ドガアアアアン……という音ともに、凄まじい熱風がこちらに飛んできた。
洞窟の出口まではまだ少し距離がある。
「くそ!」
「シイル、こっちに来て! あたしが『盾』になるから!」
マルティナはそういって俺を庇おうとするが、ここではもっと適任がいる。
そのことも本人は分かっているのだろう、セドナは俺たちの身体を掴みあげる。
「爆発なんて、元の世界じゃさんざん経験してきたんだよ! 二人とも、捕まって!」
「ああ!」
「セドナ?」
セドナはそう叫ぶと、俺たちを掴んでトロッコから飛び降りると、近くの岩陰に飛びのく。
「わああああ!」
「キャア!」
同時に、凄まじい熱風が俺たちの前を通り過ぎた。
……だが、それも数秒のことだった。
熱風が過ぎ去り、身体を焦がすような熱気の残り香が俺たちの鼻をくすぐる。だが、すでに鉱山から何かが動く気配はない。
「ふう……」
「なんとか、倒したね……」
俺たちは何とか無事なことに安堵し、互いを見やる。
「フフ、シイルったら泥だらけだよ? ほら、あたしが『タオル』になったげる!」
そしてマルティナは、俺の煤だらけになった顔を服の裾でふき取ってくれた。
「あ、ありがとな……けど、それよりお前の手を治さないと」
「いいよ、それは後で……」
「いいから、手を貸せ」
「う、うん……」
マルティナの手は、先ほどフロア・デックとの戦いで酷くただれている。
俺はその腕に回復薬をかけた。幸い、すぐにそのただれた跡は元に戻る。……相変わらず、この世界の回復アイテムは恐ろしい性能だ。
「さて……見なよ、お二人さん。……出口だ」
「え? あ、本当だ……」
セドナはそういって指さした先からは光が差し込んでいた。……鉱山の反対側に出ることが出来たようだ。
「あれだけ爆発したのに、崩落しなかったのは幸いだね」
「だな。……俺は念のため、フロア・デックの確認に行くから、二人は外で待っててくれ」
だが、それにはマルティナが首を振る。
「あ、それならあたしも行く!」
「いや、マルティナは先に外に出て、荷物の整理をしておいてくれ」
「え?」
「何が壊れて、何が無事なのかをハッキリさせておきたいからな。悪いけど『計算機』になってくれ」
RPGの世界であれば、一度手に入れた『店売り品』を紛失するということは通常起きないし、何がいくつあるかは常にステータス画面で把握できる。
だが、この世界はゲームの世界ではないので、荷物のチェックは必要だ。
「うん……分かった、それじゃあ待ってるね? お昼、作っておくから」
「マルティナの護衛はあたしがやるから、安心して。もう鉱山に魔物はいないと思うけど気を付けてな」
「ああ、ありがとな」
そういって、俺は鉱山に一人戻っていった。
それから数十分ほどしたのち。
「ただいま」
「おかえり、シイル! 荷物の整理終わったよ!」
「え、もう終わったのか?」
「うん、セドナが手伝ってくれたから!」
そういって、俺は荷物の在庫表を見せてもらう。
セドナが書いたのだろう、元の世界で使っていた表計算ソフトのように異常な程正確な形式で、俺は思わず懐かしくなった。
「はは、セドナらしいな。このフォーマット」
「だろ? あんたらの時代にも、こんな表計算ソフトがあったと思ってさ」
「ああ。……けど、思ったよりアイテムが無くなったな……」
今回のフロア・デックとの戦いで随分とアイテムを消耗した。
それに加えて、やはりあの転落の時にアイテムを随分壊してしまったことが分かる。それを見て、俺は少し気分が暗くなった。
「ふう……また、金稼ぎしないとなあ……」
「そうだね……。とりあえず、これでも食べて? 『コック』になったげたからさ」
「ああ、ありがとう」
俺はマルティナが作ってくれたプートラを口にした。
これは、現代世界ではラトビアなどで食べられるおかゆの一種だが、正直俺は苦手な味だ。
(やっぱ、この世界はゲームとは違うな……正直、食べなれないけど……マルティナが作ってくれたものだからな)
RPGの世界で出てくる食事は、大概ゲームクリエイターが食べなれたもの……即ちカレーやハンバーグのような『日本人が普段食べるもの』ばかり出てくることが多い。
だが、この世界ではこういう珍しい食事もよく出てくる。
俺たちが二人で食事をしているのを見つめながら、セドナは尋ねる。
因みに彼女は太陽光が原動力だそうだ。
「それで、フロア・デックはどうだった?」
「ああ。あいつは完全に機能停止してた。それと、配下のゴーレムもあいつが止まったら動作しなくなるみたいだな」
鉱山の中では何度か倒れたゴーレムに出くわしたが、こちらに襲い掛かる様子はなかった。
どうやら、フロア・デックが彼らを操作していたのだろう。
「よかった! ……これで、鉱山の人たちも喜ぶといいよね!」
「だな。マルティナも頑張ってくれたな。ありがとう」
「えへへ……」
優しいマルティナは相手が魔物であっても殺生を嫌うため、モンスターを倒して喜ぶことはあまりない。だが、彼女の中ではゴーレムは生物ではないのだろう、珍しく嬉しそうな表情を見せていた。
そして俺は、フロア・デックのドロップアイテムを懐から取り出す。
「それと、面白いものを見つけたんだ」
「面白いもの?」
「ああ。……これなんだけどさ」
フロア・デックの残骸を漁っていると、その中に小さなシリンダーのようなものがあった。
これは昔、この世界の図書館で読んだ時に知ったアイテムだ。
「『魔道コンデンサ』って言うんだ。これの中には魔力をため込むことが出来るんだ」
「魔力を?」
「ああ。……見てな。ファイヤーボール!」
俺はそう叫ぶとともに、魔法をそのコンデンサーに放つ。
するとコンデンサーは魔力を吸収し、ぼわあっと淡い光を放つ。
「あ、魔法が入っていった」
「それで、これを構えるとな……」
そして俺はこの魔道コンデンサを空に向けて構えた。
すると、先ほど唱えた火球が信号弾のように打ちあがった。それを見て、セドナとマルティナは驚いたような表情を見せる。
「へえ、なるほど。……魔法をため込めるんだね。コンデンサというより、蓄電池に近い感じか」
「セドナにはその方がなじみ深いか。……まあ、そういうことだよ。何日もかけて魔力をため込めば、俺でも上級魔法が一回だけ使えるってわけだ」
「凄いね、それ! いいアイテムみつけたじゃん、シイル!」
正直、この手の『使い減りしないアイテム』は、俺は大好きだ。
貧乏性の俺は、消費する攻撃アイテムは使うのをためらう癖があるからだ。だが、このアイテムには大きな欠点がある。
「……けど、このコンデンサは変換効率が悪いんだ。上級魔法を使うまでには、10日は魔力をため込む必要があるから……本当にここぞというときに使わないと行けないけどな」
「なるほど。……ところで、これからどこに行くるつもり?」
「そうだね……。ロナのいる魔王城までまっすぐ向かうのもいいけど……ちょっと距離があるよね」
マルティナもそう答える。
正直、ここから魔王城までは地続きだが、まっすぐ向かうのは難しい。仮に向かうにしても、失ったアイテムを補充しないといけない。
どう思っていると、セドナが呟く。
「ならさ。ここから北西にある『ブラックパークの村』に行かないか?」
「へえ……そんな村、初めて知ったな。どんな街だ?」
「……四天王の『ルネ・ルナ』兄妹が支配している街だよ」
それを聞いて、俺は少し驚いた。
そんな情報、俺たちがいたミーヌの街ではまったく聞いたことがなかったからだ。
俺は訝しむように尋ねる。
「なんで、セドナはそんなこと知ってるんだ?」
「ああ。……実はさ。あたしの知り合いに魔王軍のスパイがいるんだ……そいつから聴いたんだよ」
「なんだって!?」
俺は思わずそう叫んだ。
……だが、セドナはロボットだ。俺たちを欺くような嘘をつくとは到底思えない。
「そいつに言われたんだ。吸血鬼たちが最近、あの街で人を襲ってるって。あたしは、実はそこの解放もしたいと思ってたんだ……。あたし一人じゃ無理でも、あんたたちがいるなら安心だ。補給も兼ねて、その村に行かないか?」
「なるほどな……」
それを聴いて、俺は少し考えた。
……正直、この世界では吸血鬼は相当な強敵に値する。弱点こそ多いが、不死の肉体に高い身体能力と魔力、そして厄介な吸収攻撃を持つからだ。
……だが、奴らは積極的に人間を襲う種族だし、何より奴らを率いているのは魔王ロナだ。
ロナを生み出したのは俺のせいである以上、わが身可愛さでそこを迂回するなんてすることは出来ない。
「分かった、行ってみよう。マルティナはそれでもいいか? 俺たちが勝てないようなヤバい相手かもしれないけど」
「うん! ……フヒヒ……! フロア・デックよりも凄い苦痛が貰えるなんて最高じゃん! それにシイルとだったらどこにでも行くよ!」
……ああ、やっぱりマルティナは苦痛を望むのか。
そう少し残念に思いながらも、俺たちは食事をすませて北西に向けて歩き始めた。




