4-7 マルティナに「悲しい過去」なんてないんだよ
「イル! シイル!」
それから少し……といっても数十秒程度だろうが……経った後、俺は目を覚ました。
足元には大量の空き瓶が転がっている。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたマルティナが俺に蘇生薬を何本も使っていたのが分かる。
「よかった~! 本当に土に還っちゃうかと思ったよ!」
マルティナはそういうと、目が覚めた俺にがしっと抱き着いてきた。
「蘇生薬……無事だったのか……」
「うん……ほら……」
俺が持っていた荷物袋が、マルティナから少し離れた場所に転がっていた。
かなりの高さから落下したにも関わらず、荷物袋の損傷は存外小さかった。……その理由は、荷物袋の下を見やってすぐわかった。
「これは……鉱山で働いてた人の……」
「うん、多分ゴーレムに殺されたんだと思う……助けてもらっちゃったね……」
そう、鉱山夫達の死体があちこちに転がっていたのだ。そしてそれがクッションとなったため、蘇生薬が割れなかったのだろう。
「ロナ……」
それを見て、俺は妹の名前を口にしていた。
……確かフロア・デックが現れたのはロナが魔王になってからだと聞いている。
なら、ここの人たちを殺したのはロナ……ひいては、俺といってもいいだろう。
俺はそう暗い気持ちになると、マルティナは泣きながらも、俺を非難するような表情で尋ねる。
「シイル……どうしてあたしを助けたの? あたしなんか、使いつぶしてほしいのに……」
確かにマルティナをクッションに、立場を逆にすることは出来ただろう。
だが、そんなことをするくらいなら俺が死ぬ方がマシだ。そもそも、こんな無茶な旅に連れ出しているのは俺なんだから。
「それは嫌だよ。……好きな奴が傷つくのは見たくないだろ?」
……正直、俺はそういうとマルティナが喜ぶと思っていた。
だが、それを効いたマルティナは、いきなり俺の顔を殴りつけてきた。
「が……!」
「だから、それやめて! あたしのこと、好きにならないで! 前からずっと言ってるでしょ!」
そういいながら、馬乗りになって何度も俺の顔を殴りつけてくる。
頭の中で脳がガンガンに揺れながら、意識が飛びそうになるのを俺は必死に押しとどめながらマルティナを見やる。
(…………)
マルティナは、以前ディラックをひっぱたいた時と同じ凄まじい怒り、そして悲しみが混じった顔をしていた。
まるで『自分を嫌ってほしい』と言わんばかりに俺の顔を何度も殴ってくる。
……口の中が切れて鉄さびの味が広がる。だが、俺は抵抗せず甘んじて受ける。
しばらくして、マルティナは泣きながら俺の胸に顔をうずめて呟いた。
「はあ、はあ……シイル? ……これで嫌いになってくれる?」
「…………」
「あたしのことは、ただの『モノ』として扱って? 仲間なんかじゃなくていいから……」
そして、マルティナは上着を脱ぎ捨て、肌着だけになって呟く。
恐らく、落下の時に上着の下に入り込んだ土埃が邪魔になったのだろう。
「仕返し……してもいいよ? シイルが望むなら、あたしのこと好きにしていいから……だから、あたしのために何かするのはもう、やめてほしいの……」
うるんだ瞳でそう呟くマルティナ。
……やっぱり、ここでハッキリさせよう。そう思い俺は聞いてみた。
「わかった……ならマルティナ? 俺のいうこと、聞いてくれるか?」
「うん……いいよ? あたしにさ。何したいの……?」
そういって、マルティナはそっと目を閉じた。
……これほどの覚悟があるなら、もう切り出していいだろう。
「なら……そろそろ……教えてほしいんだ。なんで、そんなにお前は嫌われたがるんだ? 昔……何かあったのか?」
「……え?」
そう尋ねると、マルティナは目を開くと、きょとんとした表情をした。
「嫌なら言わなくていい。それでも、マルティナが俺に嫌ってほしいなら、嫌いになるように努力するから。……悲しい過去があったんだな?」
「ううん」
だが、マルティナは首を振る。
それを見て俺は少し意外な気がした。
「……違うよ、逆。……あたしに……悲しい過去なんてないの……」
「どういうことだ?」
「シイルは……あたしの『竜殺し』の過去のこと、聞いたことはあるよね?」
「ああ」
そういうと、俺が知っている『竜殺し』の話をマルティナに行った。
マルティナは悪逆非道な両親に奴隷として売りに出されたこと。
そして奴隷のマルティナは、村に巣くうドラゴンのための生贄として選ばれたこと。
その際にマルティナは勇者としての力に目覚めたこと。
その力で竜を葬り去り、返す刀で村人を報復に皆殺しにしたこと。
それが逸話として聞いていると伝えると、マルティナは答えた。
「……やっぱり、そう聞いてるよね……。けど、本当はそれ、全然違うの……」
「逆?」
「うん……セドナが来るまでまだ時間がありそうだし……教えてあげるね、その話のこと……」
「そういえば、セドナは?」
今気づいたが、崖の上からゴーレムたちの気配が感じられない。
あの時の爆発で連中も吹き飛んだのだろう。
マルティナは、爆風に巻き込まれたけど体重の重いセドナは無事だったこと、そして迂回路を探してここに降りてくるから、少し待ってほしいと言っていたことを教えてくれた。
「なら、いいか……。それなら、教えてくれ……」
「うん……。けど、それであたしに同情して、好きになったりしないでね……同情って愛情に似てるから……」
「分かった、約束する」
そういうと、マルティナはぽつりぽつりと語り始めた。




