4-6 鉱山でこの魔法をRPGでは平気で使うけど
そして翌日。
俺たちはミーヌ鉱山に入った。
「それにしても……鉱山を抜けないと次の街に進めないってのも不便だよなあ……」
「しょうがないさ。この鉱山はトンネルの役割も兼ねてるんだからね」
確か、ミーヌ鉱山が出来るまではこの街は岩山を上らないと到達できない、隠れ里のような場所だった。
そのため、鉱山の開発にかこつけて隣町とのトンネルを開通させたことと聞いている。
「私が先頭を歩くから、シイルとマルティナは後ろからついてきてね」
「いいの? セドナに任せて」
「ああ。私の目は暗闇でも良く見えるからね。『奉仕』する時にも便利だから重宝してるんだ」
そういうとセドナはニコニコと笑みを浮かべた。
俺たちは松明がないと前がまともに見えない。俺はマルティナに尋ねる。
「悪い、マルティナ。暗いのは苦手だから、手を繋いでくれないか?」
勿論これは方便で、本当はマルティナがはぐれたり、転んだりしないようにするためだ。
ただ、マルティナは『頼みごと』をする体で話をするほうがよく聞いてくれる。
実際、そういうと彼女は嬉しそうな表情を見せた。
「うん! じゃああたしが、シイルの『杖』になったげるね?」
「はは……ありがとな」
彼女の小さな手が俺の手の上にそっと乗り、暖かいぬくもりが伝わってきた。
その様子を見て、セドナは尋ねる。
「それにしても、あんたたちは本当に仲がいいね。まるで本当の兄妹みたいだよ」
「えへへ……でしょ? あたしは『モノ』だからさ。シイルがなってほしいなら、いつでも『本当の妹』だって『恋人』にだって、なったげるからね! 旅が終わってロナを……ロナの件を始末したらさ、本気で考えてみない?」
「ハハハ……」
マルティナが自分を蔑ろにするのは正直辞めてほしい。だが、正直マルティナに必要とされるのは悪い気はしない。
「……ん?」
「来たみたいだね……」
俺たちがそんな風に軽口を叩いていると、鉱山の奥から何やら気配を感じたので、雑談をやめた。
「……侵入者カ……人間ト……同族……カ……」
「よくわかったね。お仲間さん」
「ダガ……容赦ハシナイ……参ル……」
暗がりから、そう無機質な声が聞こえてきた。
恐らくゴーレムだ。岩でできたその体がガチンガチンと洞窟内に響く。
向こうはすでにこちらを察知しているようだ。
「……セドナ、頼めるか?」
「ああ、任せな!」
そういうと、セドナは身構える。
……だが、彼我の距離が悪い。
ゴーレムが先手を取り、振り上げた岩の腕をセドナに思いっきりたたきつけてきた。
だが、その一撃がセドナに届く刹那、彼女の体に薄い膜が張られた。
ガアン! と凄まじい音がしたにも関わらず、セドナはびくともせずに笑みを向ける。
「効カナイ、ダト……?」
「ああ、この護符の力だね! ……喰らいな!」
そういうと、セドナは飛び上がり、右にフェイントをかましたあとに強烈な左ミドルを放つ。
(融通が効かないゴーレムには、フェイント系の攻撃は刺さりやすいから、格闘家がいると助かるな……)
俺はそう思いながら、セドナを見やる。
「ガハ……!」
彼女の一撃はゴーレムの急所となっているEmethと書かれた札を引き裂いた。この札の『E』の部分を札本体から離すと、ゴーレムは機能が停止する。
「やった!」
「流石セドナ!」
これでゴーレムは停止する。
俺たちがセドナに駆け寄ると、彼女は服の裾を直しながら、笑みを浮かべる。
「フフ、凄いね。この護符の効果は……」
「だろ? ところでセドナ、特に精神に異常はないか?」
「ああ、別に……一体なんだい、この護符は」
そういうと、セドナは昨日俺が渡した『野生の護符』を見せた。
「ああ、そいつはな。装備すると能力が跳ね上がるけど……装備して戦うと『理性を失う』っていうヤバいデメリットがあるんだ」
「理性ね……ふうん……」
そういうと、マルティナは少しニヤリと笑った。
何か気になることがあるのか? まあいいか。
「だから、持ってると今みたいな急所を狙った攻撃も出来なくなるし『特技』も使えなくなる。本能に任せて暴れるっきゃできなくなるから、却って弱体化するクソアイテムなんだ。だけど、セドナは使いこなせると思ってな」
マルティナも、その理由が分かったのか頷く。
「あ、そうか。セドナは人工物だからか。そもそも『精神』そのものがないから、理性のなくしようなんてないもんね」
「ああ。本当にセドナのためのアクセサリーだよな。買ってよかったよ」
そういって俺は笑いかける。
……だが、そこで気を抜いたのがまずかった。
「うわ! なに?」
「何の音だい!?」
その瞬間、背後から凄まじい警報音が聞こえてきた。
振り向くと、機能停止寸前のゴーレムからそのけたたましい音が鳴り響いていた。
「侵入者発見……! 直チニ同胞ヨ、急行セヨ……!」
そう奴は叫んだ瞬間、完全に機能が停止した。
「……まずいね、こりゃ……!」
すぐに鉱山のあちこちから岩をぶつけ合うような音が響いてきた。ゴーレムがこちらに向かってきているのだろう。完全に機能が停止するまで気を抜いてはならなかった。
「……油断した……悪い、俺の責任だ!」
思わず頭を下げた俺に、二人は少し呆れたように答える。
「別にあんたのせいじゃないだろ? ……シイルは何でも自分のせいだって抱え込みすぎだな」
「シイルはいつもそうなんだよ……。セドナ! ここから逃げたらもっと言ってやってね!」
そういいながらも、俺たちは鉱山の奥に走り出した。
「……くそ、思ったより連中の足が速い……!」
「振り切れそう?」
「厳しいな……普通の道なら振り切れるだろうけど……ここは鉱山だからな……」
ゴーレムたちは機械ということもあり、疲れを知らない。
俺たちがいるのは鉱山の中ほどだろうが、恐らく鉱山を突破するまで逃げ続けるのは厳しい。
思わず俺はセドナに尋ねる。
「セドナ、俺たちをおいて先に行っていいぞ?」
「バカ言うなよ! 人間をおいて逃げられるかっての! それに、私はこう見えても重いからね……これが全速力なんだ……」
なるほど、よく考えたらセドナのようなヒューマノイドが、俺たちと同じ体重な訳がないか。そう思いながら、俺たち3人は必死で走っていた。
……だが、それも長くは続かなかった。
「はあ、はあ……くそ、崖が……!」
しばらくして、俺たちは鉱山内にある崖の前で足を止めた。
残念ながら梯子は存在しない。迂回して橋を探したいところだが、響く地響きの音から察するに、すでに先回りされていることが分かる。
「しょうがない、構えて、シイル! マルティナもサポート頼むよ!」
「ああ!」
ここで迎撃するしかない。そう思って俺はセドナに言われて杖を構えた。
マルティナも剣を抜いて、少しずつゴーレムの音が近づいてくる中、ぽつりと呟く。
「あ、シイル……ひょっとしていま、おなら……した?」
「え? いや、俺はしてないけど……」
「ご、ゴメン! こんな時に! さ、来たよ!」
「あ、ああ!」
この世界はRPGのようだが、決してゲームの世界じゃない。
……この時、俺はマルティナの発言をもっと気に留めるべきだった。
「来た!」
「シイル、あたしが注意をひくから、魔法であいつらの札を破いてくれ!」
「ああ!」
俺たちの前にあった最後の曲がり角を曲がり、いよいよゴーレムたちが姿を表した。
結構な数だ。正直、勝てるかは五分五分だろう。
「「「侵入者……! 来ルカ……!」」」
そういうと、いよいよ眼前に迫ったゴーレムたちを見て、セドナはとびかかる。
「やあ!」
やはり、一匹狼の護符のおかげで能力が上がっているのだろう、ゴーレムの攻撃も大して効く様子もなく、次々にゴーレムをひるませる。
(思ったより追手は少ないみたいだな……)
「グ……侵入者、ヤルナ……」
「ダガ……この数なら勝テマイ……!」
「ち……こりゃ、厳しいか……」
だが、それでも多勢に無勢で、徐々にセドナが追い込まれているのが分かった。早く敵の数を減らさないとまずい。
……その焦りと、目の前でひるみEmethの札をむき出しにしたゴーレム。
それを見た俺は、絶対にここで唱えてはいけない魔法を唱えてしまった。
「くらえ、ゴーレム! ……『ファイヤーボール』!」
「やめな、シイル! その魔法は……!」
だが、セドナの制止は間に合わず、俺は杖から火球を打ち出した。
……そして。
ドガアアアアアアン!
そう凄まじい轟音が響くとともに、大爆発が起きた。
……ガス爆発だ。ファンタジーの世界では、鉱山でも炎魔法をバンバンぶっ放すキャラが多かったから、この懸念をすっかり忘れていた。
「ぐ……!」
「きゃああああああ!」
「シイル、マルティナ!」
凄まじい爆風が俺たちに向けて飛んできた。
体重の重いセドナは飛ばされなかったようだが、魔導士の俺と子どものマルティナで崖に投げ出されてしまった。
マルティナは俺に近づきながら叫ぶ。
「シイル……あたしが『クッション』になる! だから、あたしの上に乗って?」
「くそ、俺は……!」
……また俺は判断を謝った……
そう後悔しながらも、俺はマルティナの身体をしっかり抱きしめた。
マルティナは一瞬顔を赤らめながらも必死で抜け出そうとする。
「ち、ちょっと、シイル! 離して! これじゃ逆だよ! シイル!」
「……マルティナ、ごめんな! ……死ぬなよ!」
そういいながら俺たちは崖を自由落下していった。
……そして数秒後。
ガン! と凄まじい音がした。
そして俺の意識が急速に消え去るのを感じると同時に、脳内に特有の快楽物質が流れ込むのを感じた。
死ぬ直前に感じる、臨死体験だ。
(あ、やっぱそうか、死んだな……)
蘇生薬は買ってきたけど、下に落とした時に割れていないか? もし割れてたら、俺は終わりだ。
……だが、マルティナの声は聞こえる。……あいつは生きているようだし……いいか……。
そう思いながら、俺は自分の命が終わるのを感じた。




