4-5 やっぱり「攻撃力2倍」はロマン装備だ
「セドナは人間じゃない? ……どういうことだ?」
そういえばさっきもリオールたちを「人間」って呼んでたな。
だが彼女はどうみても異種族じゃない。そう疑問に思ったのを察したのか、セドナはずい、と俺のほうに顔を近づけた。
マルティナはそれを見て驚いたような表情を見せた。
「ち、ちょっと! 何するの突然! シイルに近づくな!」
「ほら、シイル。私の目をよく見てよ」
そういうと、セドナの目をじっと見た。
……よく見ると、彼女の目はレンズになっている。中の装置が拡大と縮小を繰り返しているのが分かった。
信じられないことだったが、よく考えたら彼女は『2020年代の日本から転移した』とは言っていない。よく考えれば、別時代の転移者がひとところに集まることもあるということもあるということだろう。
「……まさかあんた、ヒューマノイド……なのか?」
「そ。ああ、その反応をするってことは……あんた、西暦何年生まれ?」
「あ、ああ……俺は2000年代の生まれだよ」
「やっぱ! つーかあたしより随分古い時代の人だね! ……私が転移した時代には、あたしみたいなロボットは当たり前にいたからね!」
先ほどから俺たちにしか分からない会話をするのに少し腹が立ったのか、マルティナは横から少し不機嫌そうな表情で尋ねてきた。
「ねえ、ヒューマノイドってなに?」
「いわゆるゴーレムみたいなものだよ。要するにセドナは人間じゃなくて人工生物ってことだな」
「へえ……全然そう見えないのに……」
そんな未来でも『桃太郎』があるとは、おとぎ話おそるべし。
そう思いながらも、俺は頷くとマルティナも興味深げに尋ねる。
「みんな、セドナがゴーレムだって知ってるの?」
「ああ。鉱山の連中はみんな知ってる。だから私も昼は酒場で、夜は宿屋で『奉仕』してるってわけだよ」
人間がわざわざ『人間そっくり』のロボットを作る理由なんて大体想像がつく。
要するに夜の奉仕とは『性奉仕』のことだというのは、俺にも分かった。セドナの容姿を見るに、そういう機能がついているのだろう。
「奉仕?」
「ああ。ホールスタッフをやったり、夜は男の人たちと『仲良し』したりするようなことだね。この街は女性が少ないから、喜ばれるんだよ」
「……へえ……」
近くにまだ幼いマルティナがいるのを理解してか、あえて婉曲な言い方をしているのは、鈍感な俺にも理解できた。
「なるほどな。因みに男たちから金は取ってるのか?」
「はは、まさか! 人間に尽くすのが、私たちヒューマノイドの仕事だからね。勿論タダだし、相手は選ばないよ。もちろんあんたでもOKさ。……まあ、あんたにはその気はなさそうだけど」
つまり、無料でさせてくれるということか。
もし俺たちの時代に『セドナ』が販売されていたら、それは飛ぶように売れただろう。まあ、正直俺はロナの件が片付くまでは、そういうことに興味がないが。
「ってことは、さっきの賭け勝負は何を賭けてたんだ?」
「ああ。あたしは『仲良し』する時間を一人2時間って決めてんだけどさ。あいつは『深夜2時から2時間』しか枠がないのが気に入らなかったらしくてさ。勝ったら『友人と予約を交換してほしい』って、賭けをしてきたのさ」
「なるほどな」
彼女の体を賭けていたのではなく、賭けていたのは彼女を抱く時間ということか。
よく考えれば、ロボットは24時間動けるが、人間はそうもいかない。男たちの相手を交代でするとなると、当然真夜中に当たる人が出るので不満がでることもあるのだろう。……まあ、リオールの場合は単なる戦うための口実だった気もするが。
マルティナは尋ねる。
「……誰でも仲良くするってことはさ。セドナは人を好きにならないってこと?」
「当然さ。私たちヒューマノイドは全ての人間を平等に愛してるからね。特別な誰かを愛するなんて『差別行為』は、出来ないように作られてんだ」
性愛を『差別』というこころが、ロボットらしいが、少し言い方が気になる。
……セドナは人の気持ちを学習はしても『本質的に理解すること』は、できないということか?
「へえ、そうなんだ……なら、安心かな」
だが、不安がよぎった俺とは対照的にマルティナは彼女が気に入ったようだ。
「ねえ、シイル? ……やっぱさ、セドナにうちのパーティに入ってもらわない?」
「え、さっきまで反対してなかったか?」
「ま、まあね! けどさ! 話してみたら、セドナって面白いし優しいし、何より強いし、しかもゴーレムなんでしょ? 絶対いいって!」
「ま、まあな……」
彼女が人工物と聞いて急にパーティに入ってほしいなんて、マルティナもまだまだ子どもっぽいところがあるんだな。
セドナは、興味深げに尋ねる。
「へえ、パーティに入るってどういうことだい?」
「ああ、実はさ……」
俺はセドナに、事情を説明した。
「へえ、ミーヌ鉱山を抜けるため、か……」
「ああ、俺たちとゴーレムは相性が悪くて、鉱山を抜けられそうもないからさ。……同行はそこまでで構わない。……どうだ?」
ゴーレムが相手だとしたら、セドナの持つ格闘能力はとても助かる。
そう思いながら尋ねると、セドナは頷いた後答える。
「まあいいよ? あたしもそろそろ別の街の人に『奉仕』したいからね。……けど、条件がある」
「条件?」
「ああ。この鉱山を占領してるキングゴーレムの『フロア・デック』ってやつがいるだろ? ……あいつを一緒に倒してくれるってんなら大歓迎だ。あいつを倒さないと、ここの鉱山夫達も飯の食い上げだから、力になってやりたいんだ」
「へえ……いい奴だな、セドナは」
正直、俺も本音ではこの街の人たちのために、奴を何とか撃退したいと思っていた。
セドナは申し訳なさそうに尋ねているが、正直こちらとしても渡りに船だ。マルティナも同意見のようで、俺たちは快く了承した。
「じゃあ交渉成立だね! 宜しくな、シイル、マルティナ。今夜は鉱山の男たちに『奉仕』しなきゃいけないから、明日から頼むな?」
「うん! ……頑張ろうね、セドナ!」
そういうと、俺たちは握手をした。
「それじゃ、あたしはこれで……」
「あ、ちょっと待ってくれ」
急いで立ち上がろうとしたセドナを呼び止め、俺はある装備品を渡す。
これは先日、船にいた行商人から購入したものだ。
「仲間になってくれたお礼もあるし、今日のうちにこの護符を渡しとくよ」
「なんだい、これは?」
このアイテムはその特異性から使いづらいこともあり、基本的に店売りはされていない。
セドナも不思議そうに尋ねてきた。
「この護符はさ。身に着けていると能力が跳ね上がるんだ。……ただヤバいデメリットがあって、俺たちは使えなくってさ……」
まあ、元々低い攻撃力が2倍になっても1×2=2になるだけなので使いこなせなかったというのもある。
「セドナなら使いこなせると思うから貰ってほしいんだ。念のため、今夜のうちに装備して、使い勝手を試してくれ。気に入ったら、パーティ解散後も持ってっていいから」
この手のアイテムを渡す時には、きちんと断りを入れておかないと持ち逃げのディラックのようなトラブルになりがちだ。
「へえ、分かった。……ありがとね、シイル。じゃあ使わせてもらうよ」
そういうと、セドナはにこりと笑ってそれを受け取った。




