1-1 勇者たちは見知らぬ村に戻されてしまったようです
「ここは……どこだ……」
俺たちが魔王ロナに敗北してからどれくらいの時が流れたのだろう。
気が付いたときには、俺たちは見知らぬ野原に倒れていた。
空を見ると、すでに日が傾き始めている。
そして周囲には、仲間たちが倒れていた。服はボロボロだが、どうやら出血の跡は見られない。
「マルティナ、みんな、無事か?」
「う……ううん……」
よかった、マルティナは無事だったようだ。
「なんだ……俺たちは、生きているのか……?」
「みたいね……魔王ロナ……なんて奴だったのよ……」
他の二人……戦士グリモアと僧侶アリーナも命に別状はないようだ。
二人はそういいながらもふらふらと立ち上がった。
「二人ともけがはないみたいだな……。よかった、全員無事で……」
「そうだね……。けどよかった……シイルが生きていて……!」
そういうとともに、嬉しそうにマルティナは俺に抱き着いてきた。
マルティナは、勇者として卓越した剣と魔法の才を持つが、まだ14歳の彼女は俺よりも頭一つ分ほど小さい。
「ああ……マルティナも……良かったよ、生きててくれて……」
……まだ幼い彼女が死ななくてよかった。
そう思いながら、俺はマルティナを抱きしめながら、彼女の傷んでしまった長い黒髪をそっと撫でた。
「ところで、俺たちはどれくらい眠ってたんだ?」
「そうだな……多分だけど……太陽の角度と今の気温から考えると、2カ月くらいだと思うわ?」
そう、僧侶アリーナが答えた。
「そうか……結構長い間倒れていたんだな……。けど、なんでロナは俺たちを殺さなかったんだ?」
それが一番の疑問だ。
俺たちは相当レベル上げを行っていたし、彼女たち魔族にとっても脅威だったはずだ。
そういうと、戦士グリモアは興味なさそうに歯をきしませる。
「知らねえよ。……けど、マジでムカつくな……あんなガキにあそこまでボコボコにされるなんてよ! 今度会ったら、ぜってーぶっ殺す!」
「本当よね! 4人がかりで負けるなんて初めてよ!」
そういいながら、僧侶アリーナもはいらだつように地団駄を踏んだ。
(まあ、あんな負け方したのは初めてだろうからな……)
……戦士グリモアと僧侶アリーナは、加入時からレベルがとても高かった。
恐らくは天賦の才に加え努力を続けてきたのだろう。それに俺たちも魔王のもとに来るまでは苦戦らしい苦戦もしなかった。
そんな順風満帆の冒険の中で初めて敗北を喫したのだから、ショックも大きいのだろう。
そして、そんな二人は自分の弱さを認められないのか、俺のほうを睨みつけてきた。
「つーかさ。これも全部シイルが悪いよな?」
「ほんとほんと。魔導士なんだから、もっと戦略立ててよね? 普通にあんたがきちんと考えて立ち回ってたら、負けなかったんだしさ……」
二人はそう、俺に対して責めるような口調で呟く。
……正直、この二人を冒険に同行してもらったのは純粋に能力を買ったためだ。
俺は端役ロナを人間に戻そうと急ぐあまり、味方の人選において性格面については考慮することが出来なかった。
だが、彼らのいうことも一理あると思い、俺は頭を下げた。
「悪かったよ、二人とも……。ん?」
だが、目線を下げたことで二人の首筋に何かの文様が浮かんでいることに気が付いた。
「おい、グリモア、アリーナ? ……なんか首筋に浮かんでないか?}
「え? ……本当だ。というか、シイルとマルティナにも何か書いてあるぞ?」
自分の首筋は自分で見えないが、恐らく俺にも同じ文様を付けられたのだろう。
「なんだ、この文様は……?」
「多分、マルティナが付けたものだと思うけど……。私もこの文様の意味は分からないわね」
呪文に詳しいアリーナも知らないのか。
だったら、今ここで詮索しても仕方がない。
そう考えていると、マルティナはぽつりと呟く。
「とりあえず、これからどうするか決めようか?」
「……だな。あそこに村もあるみたいだから、向かおう」
幸いなことに、1キロ程離れた場所に小さな集落が見える。
グリモアはまだ不満そうだったが、うなづいた。
「だな。……けどシイル、お前の失態についてはしっかり弁償してもらうぜ?」
「そうよね。マルティナにもたっぷりと謝ってもらうから」
アリーナはマルティナにも非難めいた表情を向けるが、
「え? ……う、うん! いっぱい、謝らせて!」
一見申し訳なさそうな表情だが、二人より付き合いの長い俺には分かる。
……マルティナは悦んでいる。
(ああ、また始まったよ……)
俺はそう心の中で呟いた。
付き合いの浅いアリーナ達は知らないが、マルティナは『罵られ、責められると悦ぶ』という奇妙な性癖を持つ。
本人曰く『あたしはドMだから』というが、勇者らしからぬその性癖は、恐らく何かの隠れ蓑であることは明白だ。
……まあ、何度か今まで詮索したこともあったが、いずれもはぐらかされたのだが。
「ま、まあさ。その話は後にしてさ。今夜は宿で何かうまいものでも……」
「し……。少し黙れ、シイル」
だが、グリモアは真剣な表情に戻ると、首を振った。
こういう時には、ベテランの風格を見せるのが彼の長所ではある。
「……どうやら……その前にやらなきゃいけないことがあるみたいだな……」
「そうね……どうやら、そこにいるみたいね……魔物が……」
アリーナもそう言いながら、身構える様子を見せた。
……なるほど、俺も茂みに潜んでいる魔物の気配を感じ取った。
「ねえ、シイル。予備の杖はまだある? さっさと頂戴よ!」
「ちょっと待っててくれ……」
俺たちが装備していた武器と防具は全て没収されたようだが、幸い道具袋の中は無事だった。
因みにグリモアもアリーナも荷物持ちはしてくれないので、俺が基本的にアイテムの管理を行っている。
(型落ちの装備品を売り払ってなくてよかった……!)
そう思いながら、俺はグリモアに剣を投げ渡す。
「ほら、性能は低いけど……こいつを受け取れ!」
「くそ、遅いんだよ、ノロマ!」
グリモアたちは悪態をつきながらも俺から装備も受け取った。
そして俺は最後にマルティナにも武器を渡す。
「ほら、マルティナも!」
「う、うん!」
(……ん? この剣、こんなに重かったか……?)
だが、俺は普段よりもその武器を持った時に重みを強く感じた。
……その理由に気が付くのは、それからすぐのことだった。