4-3 マルティナは恋愛フラグをへし折りました
しばらくして俺たちは酒場の近くにある井戸で体を洗っていた。
仲間集めをするなら、まず身だしなみが一番大事だからだ。
「マルティナ、ちょっといいか? おめかしするから」
「うん」
風魔法を封じた『太陽の旋風』というアイテムを使って俺はマルティナの髪を乾かす。
まあ、これは一種のドライヤーの代わりになる。
そして俺は化粧道具を荷物袋から取り出した。
「それと、目を閉じてくれ」
「えへへ……可愛くしてね?」
軽くベースを整えた後に、チークで少し頬を鮮やかに見せるようにした後、眉毛を整えて産毛を剃る。
14歳のマルティナだが、こうやってきちんと化粧するとゾクリと来るほど大人っぽくなる。
「よし、バッチリだ。どこからみても素敵な冒険者だな」
「……ねえシイル? あたし、可愛くなった?」
「勿論だ。じゃあ次は俺の番だな、と……」
俺は自分の顔に化粧水を丁寧に塗りたくった後に、茶褐色の粉を軽く塗る。
そして目じりに少し黒を付け、先ほど癖を付けていた髪を油を付けて無造作を意識して軽く流す。
現代のワックスやBBクリームとは比べるべくもないが、それなりに質のいい化粧品を行商人から購入したつもりだ。
「……どうかな?」
「うん、カッコいいよシイル? ……ちょっとさ、ドキッと来るくらい……」
「そうか? ならよかったよ」
そういうと俺は化粧道具をしまう。
「けどさ、シイルはお化粧うまいよね? どこで勉強したの?」
「ああ。結局人間って見た目だろ? 学校でも周りに好かれるために毎日化粧してたからな」
「ふうん……大変だったんだね、シイルは。女の子のお化粧も出来るのはどうして?」
「ああ。ロナにやってあげたくて、元カノに教わったんだよ。……まあ、その機会はなかったんだどな……」
ロナが化粧して今よりもっと綺麗になったら、周りに好かれやすくなると思って元カノからやり方を学んだ。
だが、ロナは『あの女の化粧品なんて使いたくない!』と拒否をしてきたのだ。
……こう考えると、俺はいつもロナを怒らせてしまうバカ兄貴だ。
「悪いな、こんな話して……」
「いいよ、これからもシイルのこと教えてね? ……それじゃ、早く行こ!」
そして俺たちは酒場に入っていった。
「やっぱり、あまり冒険者は多くないみたいだな……」
「そうだね……お客さんはいっぱいいるのにね……」
店内をざっと見まわしたが、あまり冒険者と思しき人たちは見当たらなかった。
来客の殆どは鉱夫であるようだが、仕事がないことをしきりに愚痴っている。やはり、フロア・デックが鉱山を占拠していることが原因だろう。
店の人たちは、『竜殺し』のマルティナが来たことに一瞬ざわついたが、すぐにいつもの調子に戻ったようだった。
俺はマルティナに尋ねる。
「それで、マルティナはどんな奴がいい?」
「え? あたしは……」
そういいながら、いつものにやけた表情になった。
「フヒヒ……やっぱりあたしは『ドM』だから、乱暴で粗暴で……それであたしのこと、モノみたいにこき使ってくれる人がいいなあ……。それで絶対に、あたしを守ろうなんて言わない、男の人がいい!」
またか……。
本当にそんな奴がいいのか? と思いながらも、俺は店内を眺めていた。
「こんにちは」
「え? あ、こんにちは」
すると、一人の地味な顔つきをした剣士の男がやってきた。
顔だちは決して悪くないが、身なりに気を使わないのだろう、ずぼらに伸ばされた髪がやや不潔な印象を与える。
「お二人は、『伝説の魔導士』シイルさんと『伝説の勇者』マルティナさんですよね?」
「ええ、そうですけど」
「もしかしてパーティを探してるんですか?」
そういいながらも、その男の視線はマルティナに向かっていた。
嫌らしい目つきでこそないが、明らかに異性として感情を込めているのは感じる。
フルメイクしたマルティナの容姿は周囲をひきつける魅力があるので、それ自体は珍しいことではない。また、彼の実力もそれなりに高いことが伺えたので話を続けることにした。
「はい、この先のミーヌ鉱山の先に行きたいと思うんですけど……知ってますよね、俺たちのこと?」
「ええ。確かレベル1に落とされたってことですよね?」
「あはは……あたしたちのこと、本当に知れ渡ってるんだね……」
マルティナはそう呆れながら答えると、その男は笑みを浮かべて答えた。
「なら、僕とかどうですか? マルティナさんを守ってあげられます!」
「え?」
「僕はこう見えても、強いんです! それに……」
そういうとマルティナのほうを向いて、爽やか……と思い込んでいるのだろうが、正直うさん臭い笑顔を向けて答えた。
「僕は、皆と違ってマルティナさんを差別したりしませんから! だから、一緒に旅をしましょう!」
……ああ、こいつはダメだ。
確かに、マルティナは『竜殺し』として恐れられることはある。だが、それが原因で直接差別されたことは、俺と旅をしている間は一度もなかった。
(ったく……。こいつ、典型的な『自称優しい男』なパーティクラッシャーだな……)
この世界では『若くて可愛くて優しくて従順な女の子』が、異能持ちだったり異種族だったりしたとしても、それが理由で差別される場面などそうそうない。
大抵友達が沢山出来るし、彼氏もすぐできる。
それなのに、こういうバカな奴が自分のことを
『忌み子である彼女に偏見なく接する僕って、特別な思いやりのあるよな! 彼女もそんな僕の優しさに惚れるはずだ!』
と勘違いしてアプローチし、パーティの雰囲気を悪くする話はよく耳にする。
(どうせこいつも、マルティナに彼氏が出来たとたん、掌返したように『あの男は悪い奴だ!』『マルティナは騙されてる!』とかなんとか、喚き散らすんだろうな……)
そう思って俺は、丁重に彼の同行を断った。
……幸い、彼は食い下がることなくその場を去ってくれた。
それからしばらく何人かの人と交渉をした。
向こうから来る冒険者は実力が見合わず、こちらが同行を願い出た冒険者にはみな丁重に断られてしまった。
そして俺たちは少し疲れてぼーっとしていた。
「やっぱり、まともな奴でパーティになってくれる人は居ないのかな……」
「まあ、四天王の一人が占拠したミーヌ鉱山を抜けるなんて、難しいだろうしな……」
仮に鉱山を抜けるとしたら、四天王の一人フロア・デックを倒さないまでも、やり過ごす必要がある。仮に冒険の同行を鉱山の通過までとしたとしても、よほど腕に自信がない限り、嫌がるだろう。
そう思っていると、一人の僧侶が声をかけてきた。
「あの……二人はミーヌ鉱山を抜けようとしているんですか?」
「ええ」
白い巡礼服を身にまとった、美しい容姿のエルフの少女だった。
彼女は名前を聞くと『コリーナ』というようだった。
「あの、お二人はなんていうんですか?」
「俺はシイル、こっちはロナ」
「こう見えても、昔は有名だったんだよ?」
そうニコニコ笑うマルティナに、コリーナも釣られて笑う。
その様子を見て、俺はほほえましく見つめた。……マルティナも、こういう子とだったら楽しく冒険が出来るのかな。
「そうなんですね……。それで、お願いがあるんですが……」
「なあに?」
「その……私をあなたたちと一緒に連れてってくれませんか?」
やっぱり、そうか。
見た感じ、この子は華奢な外見にも関わらず、意外と場数を踏んできているようだ。それに性格もよさそうだ。そう思って俺は了承しようとしたが、
「ダメ! 連れてけない!」
そのマルティナの一言が先に放たれた。
……だが、俺は一瞬耳を疑った。
コリーナも、少し驚いた様子で尋ねる。
「ど、どうしてですか……?」
「今あたしたちが欲しいのは前衛なんだ。……ゴメンね?」
「そ、そうだったんですか……残念ですけど、そういうことなら……。お二人も、お気をつけて……」
そういうと、コリーナは少し残念そうな表情をしながらその場を去っていった。
「なんで、断ったんだ? 別に俺は後衛でもいいと思うけど……」
「分からないの、シイル? あたしが断った本当の理由……」
そういって、マルティナはそっと俺に耳打ちした。
「あたしたちの旅って、凄い過酷でしょ? 正直、いつ死ぬか分からないし危険すぎるから……」
「まあな。正直、リア・ヴァニアを倒せたのは奇跡みたいなもんだしな」
俺はそう呟くと、マルティナも頷く。
「でしょ? だからさ、女の子を仲間に居れるのはやめよ?」
「え? けど、アリーナはパーティに居れなかったか?」
「そりゃ、アリーナはグリモアと付き合ってたから……ゴホン! か、彼女くらい強かったら話は別だよ! ただ、コリーナちゃんは正直、彼女ほど強くないでしょ?」
「まあな……」
正直、俺は男性でも女性でも命は平等だと思っている。
……だが、マルティナのいうことも一理ある。少なくとも『大地に還るのは怖くない』というような荒くれもののほうが、俺たちの無茶苦茶な旅に馴染んでくれるだろう。
(はあ……どこかにいい人はいないものかなあ……)
そんな、婚活中の女性のようなことを考えていると、急に外が騒がしくなるのが聞こえた。
「……なんだ?」
「行ってみよっか、シイル?」
「ああ」
そういうと、俺たちは酒場を後にした。




