4-1 ロナ編 四天王を逐次投入するのは通常は「ご都合主義」だけど
ここは魔王城の廊下。
魔王ロナの側近にして四天王筆頭でもあるニルバナは、談話室で会話している魔族たちのことをこっそりと覗き見ていた。
「なあ、知ってるか? リア・ヴァニアがシイルとマルティナに殺されたんだってよ……」
「うそでしょ!? あのリア・ヴァニア様が? 一体どうやったの?」
「ドラゴンを一か所にまとめて、一斉砲火させて反射させたらしいな……」
「それ……失敗したら灰も残らないギャンブルじゃない? 凄い度胸ね……。まあ、あの女は別に死んでもいいけどさ」
「アハハ、そうね」
そうニヤニヤと笑うのはヴァンパイアの若者であり、四天王の『ルネ』『ルナ』の兄妹だ。
彼らは同じ長命種であるドラゴンたちとは仲が悪い。
「そういえばリア・ヴァニアって、婚約者がいたんだっけ?」
「ああ、けどあまり折り合いが良くなかったから、葬式にも顔を出さなかったらしいけどね」
「へえ、受ける!」
ルナはそういうと、ルネはニヤニヤと笑って見せた。
「代わりに来ていたのが、あの竜族の落ちこぼれ『シャル・ショコラ』だったらしいけどね。婚約者のドラゴンよりずっと悲しそうにしてたらしいぞ」
「うっわ、まさかさ。リア・ヴァニアって『エデナー』ってこと?」
その発言を聞いて、思わずニルバナは顔をしかめる。
『エデナー』とは魔族の世界で使われる、同性愛者の蔑称のことだ。……魔族の世界では同性愛は『禁断の愛』とされ、噂されただけで降格になるほどのスキャンダルである。
「うわ、マジ!? 信じらんないな。あいつ竜族ってだけでも嫌なのにエデナーとか、やばすぎだろ?」
「だよね! ……そういやさ、ニルバナ様もエデナーって噂なんだよね……」
「え?」
「この間、男のエルフと街を歩いてたって話なんだよね」
「うっわ、うそでしょ? ニルバナ様がエデナーとかだったら、あたし軍辞めるかも」
「アハハ! だよな! エデナーみたいな奴と働くとか信じらんないから!」
思わずそこから飛び出したくなる気持ちを必死で抑え込み、ニルバナは拳を握る。
(まだだ、ここで感情に負けてはいけませんね……)
ルナとルネの種族はヴァンパイア。
もっといえば魔王軍の不死者を統括する『ヴァンパイア・ロード』だ。彼を今ここで感情に任せて処断すれば、彼らを統率するものが居なくなる。
(やはり、魔族は醜いですね……やはり、魔族なんかと違って、人間が羨ましいものです……)
そう嫌悪しながらも、彼は気配を消してその場を立ち去り、魔王ロナの部屋に入った。
「失礼します」
「ニルバナ、久しぶりね。元気だった?」
「ええ……まあ……」
そうつぶやきながらも、ロナは心配そうに尋ねる。
「……この間の王城への侵攻は……どれくらい被害が出たの?」
「はい……我々の率いる竜族はこれでほぼ全滅し……人間の王城側は……300人前後の死者と、その数十倍の負傷者が出たそうです」
「そう……けど、王城は陥落させられなかったのね……」
「申し訳ありません……シイル様が、あのような奇策を用いるとは思いもよらず……」
そういうとニルバナは頭を下げるが、ロナはあまり気にしていない様子で頷く。
「まあシイルが無事なら、他はどうでもいいわ。……因みにマルティナも生きているのね?」
「それは……彼に聞いたほうがいいでしょう」
そういってニルバナが手を叩くと、ドアが開いて一人の人間が現れた。
彼もまた魔族であり、王城で長年密偵として酒場のマスターをやっているものだ。
洞察力が高く、そのものが放つ気配から気持ちを察する力がある。
「あなたが密偵ね。詳しく教えてくれる?」
「ええ。おおむねニルバナ様の言う通りです。我らは大敗北し、竜族はほぼ全滅しました。……ですが敗因はニルバナ様の計算違いではなく、ディラックなる悪名だかい剣士がいたことが大きいでしょう……」
「そう……」
あまり興味なさそうにそう答えた後、今度は身体を乗り出して密偵に尋ねる。
「因みにシイルとマルティナもあなたの店に来たのよね? 二人はどこまでいったか分かる?」
「は? どこまで、とは?」
ロナは少しいらだつような表情をしたのを見て、ニルバナは二言三言耳打ちする。
それによって、男は少し困惑するようにしながらも答える。
「あ、はい! ……その……マルティナ殿が、シイル殿を愛しているのはほぼ確実でしょう……」
「それは、友達として? それとも……」
「異性愛とみて間違いありません。彼女は『無垢な少女の振り』をしているようですが、我々魔族の目は誤魔化せません。……あれは、恋をする女の目です」
「シイルの方は、あの女をどう思っているの?」
「シイル殿は気づいていない……いえ、気づく余裕が心にないようです。何か、一つのことに心がとらわれているような、そんな感じがしたので……」
それを聞き、ロナはぶつぶつといらだつような表情を見せる。
「やっぱり……。忌々しいわね……あいつを殺したいけど……殺したらきっとシイルは、もう誰も愛さなくなるし……邪魔な奴……『あの時の女』と同じ……」
その彼女の異様な雰囲気を見て、密偵は不思議そうに尋ねる。
「あれ、確かシイルとロナ様は兄妹でしたよね? なのにその表情と気配……まさか……ロナ様はお兄様を」
その瞬間、ロナは凄まじい魔力を解放した。
ビリビリと部屋中が揺れるほどの魔力に、思わずその男は身体を震わせた。
「私とシイルは兄妹よ。……だから何?」
「あ、その……」
「黙ってこの場から立ち去りなさい。これ以上余計なことを言ったら、それを遺言とみなすわ」
「し、失礼します!」
そういうと、その密偵の男は王城から去っていった。
「すみません、不躾なものがおりましたね……」
そしてニルバナは頭を下げたが、ロナは少し悲しそうな表情で答えた。
「いいわ。……もともと『兄妹が恋愛すること』は私たちの世界でも禁忌だったもの」
「禁忌ですか……」
「ええ……あなたなら分からない?」
「勿論です……私も似たようなものですから」
そうニルバナは頷いた。
「……ニルバナ? ……私とあなたは……同じだものね……なんで『好きになっちゃいけない恋』があるんだろ?」
「なぜでしょうね……本音では私も、ロナ様の恋を応援したいです。ですが私のようなものは『異端』で『おかしい』考えを持つ『異常者』なのでしょう……」
ロナは涙ぐみながら、悲しそうにするニルバナの顔をそっと撫でながら答える。
その指のぬくもりを感じながらも、冷静な表情のままそれを受け入れるニルバナ。
彼は同性愛者で、性愛の対象は男性だ。
そのことを明確にカミングアウトしたのはロナだけであり、ロナが彼を信用したのは、自分と同じ『周囲が認めない恋愛』をしていることを理解したからだ。
「ありがと、ニルバナ……」
そういってロナはニルバナからそっと指を離すと、魔王の表情に戻って尋ねる。
「……ところでさ。王城への侵攻は失敗したけど……次の作戦はどうするの? また、王城を狙うつもり?」
「いえ……我ら魔族が本格的に侵攻したことが知れ渡った今、一都市の奪取に固執するのは得策ではありません。それより王城の北部にある『ミーヌ鉱山』の占拠を行います」
確かに、他国へ侵攻するならば、その武器の製造にも使われる鉱山を落とすのは理にかなっている。そもそも、リア・ヴァニアの襲撃で城壁が破壊されている以上、城を奪っても取り返されるのが落ちだ。
「……今度は誰をぶつけるの?」
「四天王の一人、ゴーレムである『フロア・デック』およびゴーレム部隊を向かわせます。恐らく奴らが適任でしょう」
「そうね……ルネやルナたち、ヴァンパイアは汚れる場所に行くのを嫌うものね……」
そうロナは答えた後、思い出したように尋ねる。
「シイルは私のところに来るつもりよね? ……きっとシイルのことだから、また戦おうとするんじゃないの?」
「ええ。ですが眠り草が効かないゴーレムを相手にすることは、彼らには不可能でしょう。そこで旅を諦めると思います。万一シイル殿が破られたとしても、別の手も同時に打つのでご心配なく……」
そのニルバナの献策を聞いてロナは一応納得するも、訝しげに尋ねる。
「けど……」
「どうしました、ロナ様?」
「いつも思うんだけど、なんで魔王軍って、四天王を一人ずつ派遣するの? 鉱山みたいな大事なところを狙うなら、四天王全員を同時にぶつけたほうがいいと思うけど?」
「ほう……『いつも』とは、そういうご経験が?」
「ええ。ゲームとか見て思ったのよ。なんで魔王って戦力を逐次投入するのかってね。それ、悪手だと思うけど」
そう言われてニルバナはククク、といつもの細い目を更に細めて笑みを浮かべる。
「……魔族は、同族以外の仲が悪いので。だからこそ、逐次投入を行わざるを得ないということです……」
「へえ……」
だが、その発言はロナには納得が行かない様子だった。
種族間の仲が悪いのなら、それを逆手にとって競い合わせるなり方法はあるからだ。
だが、ロナはあまり興味なさそうな表情で答える。
「……まあ、そういうことにしておくわ。正直、例の約束さえ守ってくれるなら、軍の運用は全部あなたに任せるもの。極論、魔王軍は滅んでもいいわ」
「フフ……安心してください。魔族の契約は絶対です。シイル様とあなたが添い遂げられる世界については……全てを犠牲にしてでも私が作りますので……」
ニヤニヤと笑いながら、そうニルバナは答えた。




