3-9 ディラック編 いくらなんでも一人じゃ四天王は倒せない
走れ、走れ!
さながら※スティープルチェイスの出場者になったような気持ちになりながら、俺は必死でマルティナにしがみつく。
(※ここでは馬を使った障害競争を指す)
ドラゴンのブレスに暖められた熱風が俺の肌を撫で、緊張感からマルティナをギュっと抱きしめる。彼女も熱波でやられているのだろう、火照った顔をこちらに向けた。
「あ、シイル……その……」
「マルティナ、次の道を右!」
「あ、うん! こ、これるなら来てよ、雑魚のトカゲちゃん! 怖いんなら、その辺で弱い者いじめでもやってなよ! そしたら見逃してあ・げ・る!」
『愚弄するか、人間ごときが!』
『いいだろう、貴様らの罠を見せてみろ!』
マルティナの挑発によって、ドラゴンたちは次々にこちらに向けてやってくる。
奴らはその巨体から基本的には空を飛んで移動する。
だが、この城下町は空からの攻撃に備えるためなのか、石造りのアーケードがあちこちにあるため、身を隠しながら走ることは難しくない。
『焼きつくしてくれる!』
そう叫びながら新しく釣れたドラゴンがブレスを吐くが、その瞬間に俺たちは道を曲がってそれを避けながら嫌味を言い放つ。
「ほら、どこ狙ってるの? 子どもの的あてでももっと当たるよね~!」
「寒くて頭の回転が落ちてるんじゃないか? トカゲみたいにさ!」
『貴様ら! ……タダで死ねると思うな!』
また、この街は意図的に曲がり角が多くつくられており、そうそうドラゴンたちにとらわれることはない。ドラゴンのような『直線範囲攻撃』を行う敵に備えたものだろう。
(まあ、そもそもドラゴンがいる世界で『普通の中世の街』に住むと考えるほうがおかしいか……)
この世界はゲーム風の世界だが、ゲームの世界じゃない。
そのため、モンスターへの対応を強いられる中で自然に街の構造も変化している。
「そこ、跳んでくれ!」
「うん!」
目の前にバリゲードとして置かれた木箱を飛び越え、屋根の上に躍り出た。
東洋のドラゴンであれば大喜びしそうな曇天の下、俺は王城付近を見やる。そこにある中央公園が今回の作戦の目標ポイントだ。
「ディラックは!?」
「ちょっとまずそうだ……押されてる!」
陛下の前でアピールするためなのだろう、ディラックはそこで孤軍奮闘していることは兵士たちからは聞いている。
どうやら今は四天王の一人リア・ヴァニアと交戦しているのがこちらからも分かった。……だが、ディラックの剣や魔法の響く音が徐々に少なくなっていることが分かった。
「押されてるんだね!?」
「ああ、だがもう少しだ……マルティナ、屋根の上を飛び移って行けるか?」
「うん! ……信じてくれる?」
「当たり前だろ! 俺と……この国の命、預けるぞ!」
「えへへ……ありがと、シイル! 嬉しいよ! 絶対にあたしを離さないでね!」
マルティナはそう嬉しそうに笑うと馬の脇腹を蹴り、屋根の上を飛び移っていく。
それから数分後。
『この、小娘が! 燃え尽きよ!』
「ハズレ! ざ~こ! ざ~こ! 女の子に当てられなんないなんて、下手だね~!」
『黙れ!』
ドラゴンは空中から何度もブレスや急降下で攻撃するが、マルティナはそれをなんどもかわす。
(それにしても、凄いな……)
彼女もさることながら、驚いたのは馬だ。
炎やドラゴンに怯えることなくマルティナのいうことに従う。
……恐らく、品種改良で恐怖心を消されたのだろう。
(まあ、ファンタジーの世界に現代の馬は役に立たないんだろうな……」)
そう思いながらも、後ろから迫りくる国中のドラゴンの熱い視線を感じながらもマルティナとともに屋根から飛び降りた。
「ディラック!」
俺たちは中央公園の入り口に到着した。
そこでは満身創痍のディラックが、地面に剣を突き立てながら必死で立ち上がろうとしていた。一方のリア・ヴァニアは、多少の傷はあるようだが余裕を残した表情で彼をあざ笑うように睨みつけている。
俺は大声で叫んだ。
「ディラック! 大丈夫か!?」
「あ……あたりまえ、だろ! シイル君みたいなレベル1なんかに、心配されなくても……だあ!」
彼は必死の形相で、リア・ヴァニアに向けて魔法を放つ。
以前ホワイト・ドラゴンを葬ったときの光線だ。……だが、その光線は彼女の表皮をわずかに焦がしただけで消え去ってしまった。
『ふん……! 人間にしてはやるようだが……これで終わりだ!』
そして彼女のその振り下ろされた一撃。
「ぐは……そんな……」
これを受け、ディラックがこと切れたことが、こちらからも分かる。
「くそ……!」
俺はその様子を見て、思わずうなだれる『演技』をした。
……正直、ディラックが倒れるのは想定の範囲内だ。寧ろディラックは、俺が駆け付けるまで良く持ちこたえてくれた。
「ど、どうするのシイル!? 作戦は……どうするの!?」
「そ、そんな……!」
俺は元々表情が乏しいこともあり、人前ではよく『表情を作る演技』をやっていた。
そのこともあり、こういう『万策尽きた振り』をするのも得意だ。まったく、現実世界で仕方なく身に着けた技術はこんな時にも役に立つ。
そして俺たちは絶望したふりをしてディラックのもとに駆けつける。
その様子に、後ろからやってきたドラゴンたちはにんまりと笑みを浮かべてきた。
『なるほど、そういう策だったか……ククク……』
『我らをひきつけ、持ち逃げのディラックに倒させるつもりだったのだろう? まあ村の愚か者どもにしては、いい策ではあったがな……』
『だが、我が主の力を見くびっていたようだな……さて、次はどうする? 魔導士殿?』
俺も耐火効果があるローブを身にまとっているため、正体は分かっていないようだ。
奴らはそういいながら、こちらを見下すような表情を見せてきた。
「くそ……! そんな……嘘だろディラック! もう一度戦ってくれよ!」
「お願い! この国が滅んじゃうんだよ、ディラック! よみがえって!」
そして俺とマルティナは、ディラックに縋りつくようにしながら、蘇生薬をかけた。
……よし、幸い一命は取り留めた。こんなバカな奴でも、死なせたくはない。
『ククク……! 結局その愚かな勇者に頼るしかないか、村娘が……!』
『さて……立ち上がったとて、貴様らがこの場を切り抜けられるとは思えんがな……』
ドラゴンたちは徐々に包囲を狭めながら俺たちを嘲るように近づいてきた。
そしてリア・ヴァニアもドラゴンたちから一部始終を聞いたのだろう、クスクスとどこか高貴でありながら嫌味な笑顔を向けてくる。
『ほう……! 我ら誇り高き竜族を人間ごときがここまでコケにするとは……とんだお笑い草じゃのう……!』
彼女の声は、その巨体に似つかわしくない幼い少女のような声だった。
……こいつらの声帯はどういう構造になっているのだろう? だが、今はそんなことはどうでもいい。今はもっと奴らを調子づかせる方が大事だ。
「あ、わ、その……」
『褒美じゃ。最高の火力で貴様らを火葬してくれる! ……この国に恐怖ということを教えてやらんとならんからのう!』
よし、かかった。
ドラゴンのことだから、国の中央のこの場所で最大の技を使って自分の力を誇示したいだろう、そう踏んだ俺の考えは的中した。
……俺は絶望的な表情を見せる『振り』をしながら、リア・ヴァニアが大きく息を吸い込むのを見て心の中でほくそ笑んだ。




