3-6 マルティナが本当に無邪気な世間知らずだと思っているのか?
「ふーん……」
俺にギュっとくっついて離れないマルティナのやり取りを見て、何やらニヤニヤとディラックは笑みを浮かべてきた。
「ねえ、マルティナちゃん」
「なあに、ディラック?」
「マルティナちゃんはシイル君のことが好きかい?」
「勿論! もう、滅茶苦茶好き! だから一緒に旅しているんだから!」
そうマルティナは朗らかに笑ってくれた。
それを見たディラックも釣られて笑う。
「ふうん。じゃあ、今日はシイル君とデートでもするのかい?」
「ふえ? で、デート? ……えっと……その……」
だが、マルティナは急に顔を赤らめて俯く。
ディラックにからかわれて迷惑しているじゃないか、まったく。
マルティナは少しどもりながらも、俺に一枚の地図を見せてきた。
「で、デートじゃないけど……実はさ、シイル! この間この町の地図を貰ったんだ! だからさ、あたしが今日は『ガイドブック』になったげる!」
「ガイドブック?」
「うん! 流行りのブティックや劇場、何でも覚えてるからさ! シイルは行きたいところある? どこでも連れてったげるね!」
「いいのか?」
もしそうなら、マルティナにアクセサリーを買ってあげたいと思っていた。
この王都に来るまで大変な苦労をしてきたのだから、その礼を兼ねてだったが。
だが俺が少し悩んでいるとマルティナは上目づかいで尋ねてきた。
「あ、そうだ! それとも今日はお部屋で過ごす?」
「部屋で?」
「あたしのこと、一日中『抱いて』過ごしてもいいんだよ?」
「お、おい、そういうのは……」
一瞬、俺は良からぬことを連想してしまい、必死で頭を振る。
まだ子どものマルティナが、そういう意味でいうわけないじゃないか。
そう思ってマルティナの方を見ると、彼女はクスクスと笑って答える。
「ドMのあたしはさ、シイルに『モノ』として使ってほしいからさ! ガイドブックじゃなくて『ぬいぐるみ』になったげてもいいよ? 一日中あたしとぎゅ~ってしながら、お日様が沈むの見るの? ……嫌?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
なんだ、やっぱりそういうことか。
俺はすぐに胸を撫でおろした後、首を振った。
「いや、折角だから町に行きたいな。ディラックも折角だしどうだ?」
「僕も一緒にかい? ……ったく、シイル君。君ってやつは……まあ、それより……」
そうディラックは呆れたような顔をしてきた。
同時にマルティナのほうをチラリと見やり、
「マルティナちゃん、僕の目は誤魔化せない。……シイル君にはもっと正直に気持ちを伝えたほうがいいよ?」
「……フフ……」
そういうと、マルティナは何も言わずに笑った。
(まったく、ディラックに心配されるなんてな……)
……まあ、正直俺はロナと本音で語り合うことが出来なかったことで今のような関係になった。
そう考えると、ディラックが『本音で話し合うべきだ』と言う通りマルティナはもう少し腹を割って話をしたい。
そう思いながら外に向かおうとドアに手をかけると、外が何やら暗かった。
「え?」
……否、暗いのではなく、影が地面に大量に映っているのだ。
そして見上げると。
「……な……!」
そこには大量のドラゴンが王城に向かって飛んでいく姿があった。
「嘘、でしょ……?」
「わ、これは……」
その様子を見たディラックとマルティナも顔色を変えた。
「王様に表敬訪問に来た……訳じゃないよね?」
「あたりまえだろう? ……なんて数だ……しかも、あの先頭にいる白銀のドラゴンは……リア・ヴァニア……」
震えるような声でディラックは呟いた。
その名前は俺も聞き覚えがある。
「リア・ヴァニアって、まさか……」
「ああ。魔王軍四天王の一人だ……。その圧倒的な火炎は『全てのものを跡形もなく焼き尽くす』と言われているね……」
やはりか。
彼女のそのブレスの威力は鉄をも一瞬で灰にするほどの威力を持つ。
「それにしてあいつらは何しに……」
そう俺が呟いた瞬間。
「グオオオオオ!」
凄まじい咆哮が空に響き渡った。
先日戦ったホワイトドラゴンをさらに上回る声量と恐ろしさを感じさせる迫力。
近所の村人たちも奴の叫びに気づいたらしく、家から出て騒ぎ始めている。
「ひい……リア・ヴァニアじゃ……!」
「なんでこんなところに!?」
そして次の瞬間。
『滅びよ、愚かな人間ども!』
そう叫び声が響くとともに、リア・ヴァニアと多数のドラゴンたちの口から凄まじいブレスが大地に放たれた。
「な……!」
一瞬にして大地が炎に包まれる。
……この位置では聞こえないが、幾人もの命がその一瞬で奪われたことは想像に難くない。
俺はそれを見て、言葉を失った。
(そんな……ロナ……! なんで、こんなことするんだよ……!)
……正直、俺はロナが魔王になったと聞いて、どこか見くびりがあった。
元は人間である彼女が魔王になったのであれば、人間に酷い危害を加えることはないだろうと。
だが、ホワイトドラゴンの一件でそれは疑惑になり、今この瞬間確信になった。
……ロナはもう、俺の知っている大好きだった妹じゃない。
あいつは人を苦しめ、滅ぼすための魔王になったのだと。
「……シイル、大丈夫?」
「ああ……」
マルティナは俺を心配する目つきを見せたが、その直後にキッと空を見上げる。
「分かったよね、シイル? ……ロナは……もう、シイルの妹じゃないってこと……」
「ああ……」
そして彼女は俺の頬を優しく触って、ぽつりと呟いてくれた。
「もう、家族みたいな関係の人は、世界中であたしだけ……だよね? 辛いよね、大切『だった』妹が、あんな残酷に人を殺すなんて……けど、あたしはずっとシイルの傍にいるし、人類を裏切ったりしないから……だから、安心して?」
「ありがとうな、ロナ……」
マルティナは本当に優しい子だ。
彼女の優しさに溺れてしまいたくなるところだが、今はそんな場合じゃない。
俺は涙をぬぐうと、ディラックは隣で笑みを浮かべた。
「……フフン、これはチャンスかな……」
「なにいってんだ、ディラック?」
「僕の足で城に向かえば、奴らより先に王都には先に到着できるはずだ! そして、華麗に王様を助け出すナイトになるって作戦だ!」
「はあ?」
確かに、ドラゴンたちが火を噴いたのは町はずれの廃村の付近だった。
王都まではまだ距離がある。
「そして王様に恩を売れば、今度こそ僕は勇者に! そして、そのあとにリア・ヴァニアたちを倒せば、僕も英雄に……!」
「ちょ、それはやめろよ、ディラック!」
「まったく、ドラゴンさまさまだね……神は僕に味方してくれているみたいだ……!」
その考えはまずい。ディラックの目論見は一から十まで間違っている。
そう思って俺は止めようとしたが、ディラックは鼻で笑った。
「おっと、君の言いたいことは分かるよ、シイル君? 『多くの人が苦しんでるのに、自分の利益ばかり考えるなんて最低だ!』だろ?」
「いや、俺が言いたいのはそうじゃなくて……」
「けど、僕のモットーは『おいしいとこどり』だからね! あいにくそんなお説教は聞けないよ! それじゃあシイル君、君ははやくこの町から逃げるんだね!」
そういうと、彼は猛スピードで駆け出していった。
相変わらず足だけは速い。
「ディラック、話は……! ったく、また行っちまったか……」
「本当にディラックは早とちりばかりするんだね……」
俺が言いたかったことはそんなことじゃなかったのに。
ディラックは利己的な人間だが、割と繊細な性格だ。自分の行動に負い目を感じていることもあるのか、どうも話を聞き入れようとしないところがある。
半ばマルティナも呆れながらも、剣と荷物袋を持って立ち上がる。
「それで、シイル? どうするの?」
「……まずは住民を非難させよう。レベル1の俺たちに出来ることは、まずそれだ」
英雄的な活躍をして周囲に感謝されて、祝福されるような『おいしい仕事』とやらは、ディラックにでもやらせておけばいい。
それより、今の俺は誰に褒められなくてもいいから、一人でも多くの人の命を救いたい。状況的にも『自分の命よりも民の命を大切に』といつも仰っている陛下の意思を尊重するべきだ。
そう思いながらマルティナの方を向くと、彼女もは笑顔でうなづいた。
「流石だね、シイル! けど……あのリア・ヴァニアたちはどうするの?」
「ああ……俺に考えがある……けど、話は走りながらだ!」
勿論、あの手の『超強力な魔法攻撃』をぶっぱなせるようなドラゴン軍団は、元の世界での『低レベル縛り』で何度も倒したことがある。
……その時に使った切り札は、幸い俺の手に残っている。
素敵な切り札は、最後の最後に見せるつもりだ。
だが、それを切るタイミングは一度しかないし、まずは住民を避難させる方が先決だ。
そう思いながら俺とマルティナは城下町に向けて走り出した。




