2-10 方向音痴はレベルがアップしても変わらない
「ああ、もう! どうしてまたここに戻ってくるんだよ、もう! 村に戻りたいよ~!」
「…………」
みっともなく取り乱すそのざまを見て、俺はディラックが哀れに見えてきた。
この世界ではどんなにレベルを上げても方向音痴は治るわけではない。クルクルと地図を回して『ここはどこ?』『なんでこっちじゃないの?』とわめいている。
(クルクル回す必要があるのは、方位磁石の文字盤の方なんだけどな……)
方位磁石と地図、そしてランドマークが2箇所あれば簡単に現在地を特定することが出来る。……だが、彼は方位磁石を『方角を知るもの』としてしか使えないのだろうことが、見ただけでわかった。
ディラックはプライドが高そうだし、あんな姿を人に見られるのは嫌だろう。
そう思った俺は、わざとガサガサと茂みを鳴らす。
「あん? な、なんだ? またモンスターか? くそ、ぶった斬ってやる!」
その音に彼はようやく平静を取り戻したようで、剣に手をかけた。
……ここでモンスターと間違われたらたまったものじゃない。俺は彼の醜態を見なかったふりをして、顔を出した。
「おっと、また会ったな。ディラック?」
「え……シイル君?」
「ここは王城への道とは全然違うぞ? こんなところでどうしたんだよ?」
俺の姿を見て、まるで救世主を見つけたかのような表情で俺の方を見ながらディラックは顔をほころばせる。
「うわ~~~~! よかった、これで森から……! じゃなっくて……ゴホン! やあ、奇遇だね、シイル君? ちょっと修行をやっていただけなんだよ」
だが、俺に縋りつくのは恥ずかしかったのだろう、すぐに先ほどのキザな態度になって、俺のほうを見やってきた。
「修行?」
俺はとぼけて彼の茶番に付き合ってやることにした。
「そうだよ! このあたりはいい狩場だと思ったから、修行に向いてると思ってね。それで、ここで自己研鑽にいそしんでたってわけさ」
何を言ってるんだ、こいつは。
お前のレベルなら、この辺のモンスターを倒しても※実入りはないだろうが。
(※この世界では、敵と自分のレベル差に応じて貰える経験値が変わる)
そう思いながらも、俺は少しからかうことにした。
「そっか、邪魔したな。それじゃあ俺たちは王城に向かうよ」
そういうと、彼は急にまた先ほどの子どもじみた表情に戻る。
「え……! ち、ちょっと待って? 先に言っちゃうの?」
「うん! ディラックも修行頑張ってね? バイバイ! 行こ、シイル?」
後ろから、マルティナも少しニヤニヤしながらそう答える。
それを見たディラックは慌てて俺たちを呼び止めてきた。
「ま、待って! 置いてか……じゃなかった、君たちだけじゃ心配だ! 僕もついていこう!」
「え? そりゃ悪いよ。修行の邪魔したくないしさ」
「うん! あたしたちのことなんか気にしないで、一人で森の中で頑張ってよ?」
「な、何言ってるんだ! 君たちはレベルが1なんだろ? ……ああ、なんて危ない旅なんだ! 優しい僕は放っておけないよ!」
『持ち逃げのディラック』の分際で、何を白々しい。
そう思いながらも、必死で縋りつくディラックを見て、俺は思わず心の中で笑いながらも意地悪を続ける。
「けどさ。またそうやって同行して、経験値を独り占めするんだろ?」
「そうそう。だってキミ、『持ち逃げのディラック』っていうじゃん……」
「な、何を言うんだ! 僕はそこまでがめつくない! 経験値もお金も、さっきのドラゴンの分で十分だよ! そうだ! 道中は『ひな鳥ルール』で行こうじゃないか! アイテムも君たちが貰っていいから!」
「うーん……」
俺は考えるふりをした。
因みに『ひな鳥ルール』とは経験値は一行で一番弱い奴に、お金は一行で一番強い奴に優先して分配するシステムだ。
経験値は人によって貰える量が違うが、金銭は一定であることもあり、この方式はよく冒険者間で採用されている。
(ったく……。この期に及んで、金は自分のものにするところがこいつらしいな……)
そう思って少し呆れた。
だが、そんな俺の表情を見て焦ったのか、ディラックは突然自分の荷物袋からアイテムを取り出す。
「それに君たち、今気づいたけど、ケガもしてるじゃないか! それ!」
彼が取り出したのは「希望の霧」と呼ばれる貴重な全体回復アイテムだ。
その霧が俺たちの体にふわりとまとわりつくと、俺の折れた腕も一瞬で完治した。
「ああ、楽になったな……。マルティナもどうだ?」
俺が後ろを向くと、先ほどとは異なりすっかり血色の良くなった顔で俺に笑顔を向けてくれた。
「うん! ……けど、まだ少しふらつくから……もうちょっとだけ背負っててもらいたいんだけど……」
「勿論だ。ありがとな、ディラック?」
「フフフ! だろ? どうだい、シイル君? 大切な恋人を助けてあげたんだ。僕が優秀な仲間だって分かってくれただろう?」
「こ、恋人って……そんな……シイルとはそんなんじゃないって!」
そう言われて急に顔を赤らめるマルティナ。
……まったく、俺なんかと恋人だっていわれて、嫌がってるじゃないか……
少しマルティナが可哀そうに思いながらも、俺は一応礼を言った。
「ああ……ありがとうな……」
「そ、それでだ! 僕みたいな優秀な護衛がついてくれるなんて、キミもラッキーじゃないか! なあ、だから王城まで一緒に行かないか?」
まあ、これ以上ディラックをからかうのも可哀そうだな。
そう思った俺は、いつもの『作り笑顔』を見せて答える。……こういう時、心から笑える奴が羨ましい。
「……そうだな、助かるよ」
「よかった~~~~! ……じゃなくて、ゴホン! ……ま、僕に任せておきたまえ!」
まったく、本当にキザな奴だ。
だが、実際に彼が一緒にいてくれたら心強い。
そう思いながらも俺たちは王城に向けて足を進めた。




