第5章 ヒマワリの約束
さくらの病気を知ってから、遼の中に何かが生まれていた。
それは、モヤモヤとした焦りであり、怒りであり、そして――願いだった。
(なんであいつは、何にも言わなかったんだよ)
(……いや、俺が気づこうとしなかっただけか)
何度も自分を責めながら、遼はさくらの笑顔を思い出していた。
花を見つめる横顔。子どもたちに囲まれていたときの優しい声。どれもこれも、今にも消えてしまいそうなほど儚いのに、強く焼き付いて離れない。
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ある朝、さくらから連絡が来なかった。
「今日のラッキーフラワー」が、届かなかった。
遼は嫌な予感がして、すぐに中庭に向かった。
いつも彼女が立っている場所。いつも花言葉を告げていた小さなステージのような場所。そこに、彼女の姿はなかった。
「……っ」
スマホを握りしめて、病院に駆けつけた遼を出迎えたのは、茜だった。
「さくら……昨日、倒れちゃって。今、集中治療室に入ってる」
「……そっか」
その言葉を聞いた瞬間、遼は自分でも驚くほど冷静だった。
恐怖と不安が胸を締めつける。けれど、それ以上に、「今、何かしなければ」と強く思った。
⸻
数日後、病室に戻ったさくらは、窓の外をぼんやり見つめていた。
そこに現れたのは、少し日焼けして、疲れた顔をした遼だった。
「……遼くん?」
「退院、おめでと」
「ありがとう。でも、ちょっとの間だけね。すぐまた検査入るから」
「うん、わかってる。でもさ……今日は、俺からの“ラッキーフラワー”を渡しにきた」
そう言って、遼はバッグから、大きなヒマワリの花束を取り出した。
さくらの目が、驚きで見開かれる。
「ヒマワリ……?」
「花言葉は、“あなただけを見つめる”」
遼は照れくさそうに、でも真っ直ぐに言った。
「さくら。俺、お前の夢、代わりに叶えるよ」
「……え?」
「保育士。俺、やってみる。お前が見てた景色、ちゃんと背負ってみる」
さくらの手が震えていた。口を開こうとしても、言葉が出ない。
「俺はさ、これまで何にも真剣になったことなかった。自分のことすら、ちゃんと向き合わなかった。でも、お前に出会って、変わったんだよ」
「……そんな……ズルいよ、遼くん」
「ズルくていい。俺、ズルくても、やっと守りたいって思えるもんができたから」
さくらは泣いていた。声もなく、ただ、ぽろぽろと。
遼は、そっと彼女の手を握った。
「来年の春、卒業式、見に来いよ。花、いっぱい持って迎えに行くからさ」
それが、遼の――そしてふたりの、“最後の約束”になるとは、そのときはまだ、知らなかった。




