第4章 コスモスの午後
「今日のラッキーフラワーは、コスモス。花言葉は、“調和”と“乙女の真心”」
その日、遼とさくらは、大学の帰りにちょっとした遠回りをして、公園のベンチに座っていた。
秋の終わり。木々の葉は色づき、風には少しだけ冬の匂いが混じっていた。
「この前の保育園、楽しかったね」
「お前はな。俺は筋肉痛で3日引きずったけどな」
「ふふ。でも、あのときの遼くん、すごくいい顔してたよ」
遼は思わず視線を逸らした。
「……俺、さ。もしかしたら、初めてかも。誰かのために何かやって、ちゃんと“ありがとう”って言われたの。なんか、変な感じだった」
「うん。遼くん、変わったよ」
さくらは、目を細めて言った。
その声はどこか、懐かしいものを見つめているようだった。
「なあ、さくら。お前……何か隠してるだろ」
さくらの表情が、すこしだけ固まった。
「……なんで?」
「わからない。でも、笑い方が“ちょっとだけ無理してる”ときがある。たぶん、前より、目を見て話すようになったから……気づいたのかも」
彼女は少し黙ってから、ベンチの端にある落ち葉を拾った。
「すごいね、遼くん」
「何が」
「昔は人の話、半分も聞いてなかったくせに。ちゃんと、見ててくれたんだね」
「見てたよ。たぶん、ずっと」
そのあと、二人の間に静かな風が通った。
「……でも、もう少しだけ待って。ちゃんと話すから。そのときまで、もうちょっとだけ、“普通のふたり”でいさせて」
遼は、うなずいた。
「わかった。でも、待ってるからな。どんな話でも」
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その夜。
帰り道、さくらは一人で花屋に立ち寄った。
棚のすみに並ぶコスモスの花に、そっと手を伸ばす。
「コスモス……“真心”、か。……私の全部、遼くんに届いてるといいな」




