第2章 マリーゴールドの約束
「今日のラッキーフラワーは、マリーゴールド。花言葉は“変わらぬ愛”と“健康”!」
昼休みの中庭。さくらが手作りの花カードを片手に声を張ると、通りがかりの学生たちがクスッと笑って通り過ぎていく。けれど、彼女は気にしない。むしろ、その空気すら楽しんでいるようだった。
その隣に、所在なさげに立っていたのが遼だった。
「なあ……ほんとにこれ、毎日やってるの?」
「うん。私の趣味だもん。誰かがふと足を止めて、花に目を向けてくれたら、それだけでうれしいんだよ」
「……へぇ。変なやつ」
「でしょー?」
遼は少し笑った。こんなふうに笑うのは、いつ以来だっただろうか。彼の頭の中に、ふと浮かんだ言葉があった。
(変わらぬ愛、か……俺には、そんなもん、あるのかな)
「なあ、さくら。お前さ、なんでそんなに他人のことに一生懸命なんだよ」
「え?」
「俺みたいな、どうしようもないやつにまで、毎日ノート貸したり、花くれたり……普通、やらねぇって」
さくらは、しばらく黙ってから、少しだけ目を伏せて言った。
「……うーん。たぶんね、時間が限られてるから、かな」
「……?」
「私ね、人よりちょっとだけ、未来が短いの。だから……今この瞬間が、すごく大事なの」
そう言った彼女の表情は、いつもの笑顔のままだった。でも、遼はその言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
──それは、あまりにも優しい告白だった。
その日の夕方、遼は初めて、講義以外のことでさくらに呼び出された。大学近くの保育園で、一日先生のボランティアがあるという。
「え、俺が? 子どもとかムリだって……」
「遼くんなら大丈夫。なんだかんだ言って、頼られたら断れないタイプでしょ?」
「……バレてんな」
「うん。今日のラッキーフラワー、マリーゴールドにはね、“健康”って意味もあるから。子どもたちに元気を分けてあげて?」
逃げ場を失った遼は、結局、保育園に行くことになる。そこには無邪気に笑う子どもたちと、それを見守るさくらの姿があった。
そしてその日、遼は気づく。誰かに必要とされることが、こんなにも心を満たすということに。




