第1章 ラナンキュラスの出会い
「おーい、佐藤。出席番号、また飛ばされたぞ」
「……まじ?」
午前10時ちょうど。講義が始まって20分が経過した教室に、遼は背中を丸めて滑り込んだ。講義室の後方、誰もいない窓際の席に荷物を放り込むように座る。今日もギリギリ。というか、すでにアウトかもしれない。
教壇の教授は、チラリと遼を見てから、あえて何も言わなかった。
「もー……また来るの遅いし」
その横に、なぜか座っていたのが橘さくらだった。遼は軽く目を見開いた。なぜなら、彼女は教育学部で、普段この講義には関係がないはずだったからだ。
「……なんでお前、ここに?」
「遼くん、あと2回無断欠席したら、この授業落ちるって知ってる?」
「……うわ、マジで?」
「私、全部カウントしてるから。今日来なかったら、教授に直談判するつもりだったの」
声は明るいけど、目が本気だった。さくらのそういうところを、遼はちょっとだけ苦手に思っていた。でも、心の奥底では、誰かにそこまで本気で気にかけられたことが、あまりなかった気がして――少しだけ、嬉しくもあった。
「ほら、これ。昨日のノート。あと、今日のラッキーフラワー」
さくらが差し出したのは、きっちりまとめられたノートと、小さな折り紙の花。
「……ラナンキュラス?」
「正解。花言葉は“とても魅力的”。なんとなく、遼くんにぴったりかなって」
「またそれかよ……いや、でも、ありがとな」
遼は、折り紙の花をシャツの胸ポケットにそっと差し込んだ。目立つのは恥ずかしいけど、なんとなく持っていたくなった。
花の力なんて、信じてなかった。
でもこの日から、遼の運勢は、少しずつ、ゆっくりと変わっていく。




