3 レベルアップしました
紹介してもらったのは、宿屋についてる食堂のスタッフだった。ちょっと小太りの小柄な女将さんとクマみたいな大柄の旦那さんで、料理は主に旦那さんがしているんだそうで。
「宰相様からの紹介だからっていっても、ちゃんと仕事はしてもらうよ」
女将さんはちょっときつめな口調でそう言う。
「はい。宜しくお願いします」
これからお世話になる人だから、ちゃんと挨拶しないとと、気合いを入れて頭を下げますよ。
「元気がいい娘だね。期待しているよ」
女将さんは笑って、私の肩をぽんと軽く叩く。
宿屋は冒険者や商人達が利用しているところで、仕事はこの宿の食事を作る手伝いと、部屋の掃除など。難しい仕事ではないけど肉体労働が主かな。ここは王都にある冒険者ギルドなどが近くにある場所なので、治安もいい場所なのだといわれた。
簡単な仕事だよと言われたけれど、最初からテキパキと仕事を熟す、なんてことができるわけも無く。女将さんのマーサさんに色々と教えて貰いながら、宿屋の仕事を覚えていった。
旦那さんのジギルさんは、腕の良いコックさんで美味しい料理をつくってくれるんだけど、これは異世界あるあるって奴なんだろうなと思う事が幾つかある。味付けがシンプルで、料理のレパートリーが多くないんだよね。でもよくよく考えてみれば料理に○○料理ってついてるでしょ、日本料理とかフランス料理とか。レパートリーが少ないと思ったけど、この国の料理だけっていうならば、ジギルさんはレパートリーは広いのだとも思う。その日の安い素材で要領よく美味しい料理を作れるんだから。
でもさ、ほら、料理のバリエーションが多い日本で生活していたお陰で、そのジギルさんが知らない料理も私は知っている事になる。ただ、初めのうちは材料が何があるのかよく分からなかったから、ひたすら下準備の手伝いに徹していたんだ。大丈夫、家でも料理の手伝いをしていたから、包丁とかも扱える。ジャガイモ剥きなんて、得意だよ。タマネギのみじん切りだってドンとこいだ。
宿屋の食事にはお手軽に食べられるファストフードっていうのが、無かった。調理は手間暇かけて美味しい物を、というのがジギルさんのスタンスだからだ。そこで、私は自分の好きなものを提案してみることにした。
思いついたのは調理ででる半端肉を見たときだ。お肉はね、枝肉で買ってきてるのよ。その方が安いんだって。
スープなどに使うので無駄にはならないんだけれど、お肉屋さんでも半端肉なら安く手に入ると耳にしたので。私の技はなんでもグチャグチャにする事だ。だから半端肉をグチャグチャにしてみたのだ。すじ肉もね、グチャグチャでやると筋が良く切れてて細々になるのですよ。包丁よりも有能? 飛び散らないように袋に入れて、中の肉に手を添えて。
でも、タマネギは包丁でみじん切りね。試しに野菜をやってみたんだけど、潰れたみたいになっちゃうので、ちょっと無理っぽい。もう少し、全体的にまんべんなくきれいに潰れるのならば、スムージーができるかもしれないけれど。今のところは中途半端な塊とかもできるので。お肉は割と全体的にミンチになるのになあ。この先、技能が上がるかどうかは判らないけど、意識してみようかな。
そうしてつくったのがハンバーグ、それからパンで挟んでハンバーガー。野菜や果物の端っこを使ってソースも作った! 野菜達をグツグツ煮込んで味付けをして、冷ましたら私の出番。トロトロに煮込んだ野菜ならば大丈夫、グチャグチャはミキサー代わり。蓋がとっても重要だけどね。
なぜハンバーグかと言われれば、自分が食べたかったからの一言に尽きる。
肉はやっぱり歯ごたえがなきゃな、塊が至高だぜ! っていう冒険者の人もいるけれど、ハンバーガーはお気軽に食べられるということで、評判になった。お値段もちょっとお安くしております。
宿屋は食堂と兼業なので、お昼の営業には街の人達も多く食べに来てくれるようになったみたい。スジ肉とかも利用して美味しくできるからね、子どもたちにも人気なのさ。
半年後、ハンバーガーはテイクアウトしていくお客さんがでてきた。前日にね、お弁当としてお願いされる事が多くなったのだ。お店の人気メニューの一つにもなったハンバーグとともに、テイクアウトのハンバーガーを作るために日々グチャグチャしてたら、作業も上達して制御ができるようになってきた。その上、一回で処理できる量も増えていった。
ほら、ライトノベルで魔法はイメージだ! なんてよく書いてあるじゃん。グチャグチャもイメージが大事だったみたい。こんな風になったらいいなを目指していたら、蓋がなくても飛び散らなくなったぞ。
ただ、一度に2種類以上のものをグチャグチャにすることができないのは残念かな。だけど、一つ一つを丁寧に作業していけばいいだけだし。
そうやって、毎日毎日下準備をしてたある日。
(コントンのレベルが上がりました)
というお知らせが頭の中に響く。
(レベルがグチャグチャからバラバラになりました)
えーっと、レベルは相変わらず数字じゃ無い。前みたいになんとなく使い方が判るので、それでは使ってみよう! ということで、ジギルさんに一声かけて、マッシュポテトにするために皮を剥いたジャガイモの一つを手に取る。スティック状のバラバラを想像しながら【バラバラ】って発動したら、なんということでしょう。このまま揚げればフライドポテト、ていう形状になりました。野菜を切るのに包丁が要らなくなったではありませんか! キュウリは千切りにできたし、ニンジンは3㎜幅のイチョウ切りにと、思ったように切れるのです!
それならばと、目の前にしたのは枝肉。宿屋では肉は半身の枝肉を買っているので、試しにそのお肉で使ってみたいと思ってジギルさんにお願いしてみた。
「もし、おかしくなったらちゃんと弁償します。上手くいけば手間が省けます」
ちゃんとお給金をもらっているので、それぐらいなら弁償できるのだ。そう言ったらジギルさんは、笑ってくれて。
「大丈夫だよ。挽肉になったらハンバーグにすればいいだけだろう。いいところの肉が含まれた部分は、ハンバーグの特級品ってことで提供すればいいさ」
そうしてチャレンジした結果、肉は部位毎にちゃんとばらばらになってくれました。でもこれは、グチャグチャで制御の仕方を徹底したから、力の加減がうまくいっているからかもしれない。もしかしたら、コントンって料理のためのスキルなのかな。名前がよく分からないけど。静物ならば自分の思った通りにバラバラにできるみたい。料理の効率が上がった! ちゃんとレベルアップしているよ。
それでジギルさんとマーサさんの二人と相談して、食堂の片隅でテイクアウトのハンバーガーとフライドポテトを始めた。お弁当でお願いされるハンバーガーも数が多くなってきたから、独立させようって話になったの。下準備がもの凄く楽になったしね。ちょっと手を広げても大丈夫じゃ無い? って感じかな。ハンバーガーといったらポテトも如何ですか? だよね。