番外編 至幸の一杯
「これは、お詫びの品だ」
久々にやって来た佐藤くんがトンとカウンターに置いた瓶には、白い粉が入っている。
「なんと、白い粉」
わざと引いたように見せると、慌てて否定を入れてくる。
「ちげぇよ。物騒なもんじゃねえ。これは、重曹だ」
いや、白い粉としか言ってないじゃん。慌てて白い粉の正体を教えてくれた。
「じゅーそー?」
意味がわからずに首を傾げて彼を見ると、顔を背けられてしまった。
「そうだよ。前に話があっただろう。中華麺のつくり方がわからないって。それでスパゲッティを重曹で煮ると中華麺っぽくなるっていうのを聞いたんだよ。だから、重曹を錬成したんだよ」
早口でまくし立ててくる。あー、そういえばそんな話をしたと思い出す。その後に誰かから重曹の話を聞いた記憶がある。
どうやらそれで錬金術士の佐藤くんは、重曹を錬成してくれたらしい。それを私にプレゼントということか。
「ありがとう。でも、重曹なんてよくできたね」
「ふん。重曹は炭酸水素ナトリウム、NaHCO3だからな。ナトリウム源の塩、炭酸カルシウム源の石灰石、触媒のアンモニア水があればできるさ。俺は錬金術士だからな」
おお、化学はよくわからないから説明されても何を言っているのかまったくわからないけど、さすが錬金術士様ということだろうか。思わず拍手をしたら、ちょっと照れたのか佐藤くんは頭をかく。
そうか、中華麺もどきが手に入るのだね。焼きそばとかなら直ぐにできるかな。
「佐藤くん、時間あるかな? ちょっとまってて。焼きそばを作ってみようと思う。ちょっと留守番してて、すぐ戻る」
「え、うん。時間はあるけど……」
隣へ言ってジギルさんに細めのスパゲッティの乾麺とか使えそうな野菜を少し貰って、テイクアウト店に戻る。
テイクアウト店では勿論調理もできるようになっている。ちゃちゃっとお湯を沸かして重曹と塩を投入したら、ぶわっと溢れそうになって火を止める。ああ、溢れた分は大丈夫です。コントンさんで散りました。
ちょっとびっくりした。もう一度火をつけてスパゲッティをゆでる。ちょっと麺を味見しながら確認、確認。
野菜を切ってフライパンで焼いて、味付けは追加で貰ったコンチャソース。これは国交が復活して、時々手に入るようになった。ハンバーガーで使っているソースより、こっちの方がいい気がしたので。
「はい、味見用ね」
小さめの皿二枚に野菜と炒めた焼きそばを盛る。二人で、外のベンチに座って焼きそばを食べる。
「おお、ちゃんと焼きそばだ。旨い」
佐藤くんは感慨深げに呟いた。うん。私も美味しいと思う。紅生姜と青のりも欲しいな、なんてことを思っていたら。
「ああ、佐々木にも食わせてやりたかったな」
ぽつりと思わずそんな言葉が隣から溢れた。一瞬、箸が止まって、二人共黙ってしまった。しばらくして、佐藤くんは再起動をして焼きそばをかっ込む。
「悪い。嫌味とか、そういうんじゃないんだ。あの、もうすぐ佐々木の命日だなって話もしてたんで。あー、ごめんな」
しどろもどろで言葉を繋いでいる。
「ううん。あの、重曹ありがとう。料理のレパートリー広がるから、ますます儲かっちゃうよ」
おちゃらけた様子で、そう言ってみる。言ったことを気にしてほしくはなかったから。
「あ、うん。重曹はいくらでも作れるから。無くなったら言ってくれ」
焼きそばの皿をおいて、佐藤くんは帰っていった。
「そっか、佐々木君の命日か」
チャーシューはできる、醤油があるから。シナチクはよくわからない。あれは竹だって聞いたけど、この世界では見たことはない。私はあんまり好きじゃないから、却下でいいか。
長ネギはポロでいいよね。ほうれん草はある。あー、ナルトはカマボコみたいなもんだよね。たしか白身魚で作るんだよなと、ブツブツと口から出てしまう。
ウ~ンと悩んでいると。
「姉御、いかがしやした」
アルスが声をかけてくる。今日はカイさんの荷物持ちでダンジョンに行っていたのだ。
「おかえり、アルス。カイさんにいじめられなかった」
そんな風にいうと、苦虫を噛み潰したような顔でカイがニュッ現れる。
「いじめるわけ、ないだろう」
ブスッとした様子で吐き出すように言う。
「え、だって最初に会った時アルスにきつく当たってたじゃないですか。カイさんもおかえりなさい」
そんなふうに明るく話すマッキーの頭をグルグルと撫で回すカイ。
「で、何を悩んでいるんだ?」
カイの言葉に、マッキーがちょっとポケッとする。なぜ判ったのだろうという顔だ。
「あ、そうか。アルスが言ったものね」
マッキーはそんなふうに口にする。それにカイは少し不満げではあるのだが、マッキーは気づかずに続けて話しだした。
「あのですね。美味しい白身魚って知っていますか?」
カイとハロルドが、川魚でこれが旨いというナマズを持ってきた。泥抜きをすると美味しいという話だ。ということで、早速マッキーはナマズを擂り身にしてナルトを作る。もちろんグチャグチャのマゼコゼで、泥抜きも思いのままだ。
食紅も用意してちゃんと赤いグルグルもつけようとしたためか、少し大きなサイズになってしまったが、試作品だからと割り切って蒸し器にかける。
「これ、酒の肴でもいいな。旨いぞ」
カイはご機嫌に試食に参加している。ハロルドは奥に行ってエールを持ってきた。
「でも、なんでこんな赤い色がぐるぐるで入っているんだ。しかも周囲を態々ギザギザにしてさ」
エールを飲みながら、ハロルドがナルトをつまんでそう聞く。カイもエールを取りに慌てて奥に行ったようだ。
「さあ。でも、こういうもんなんです」
一緒に食べながら、マッキーは首を傾げた。けれども彼女は上機嫌だ。他にもエールに合いそうな餃子を追加で焼いて提供する。
(やったね。これでナルトは大丈夫)
さてラーメンのスープについては、作り方を中途半端にしか知らなかったマッキーだったのだが、これはクラスメイトたちが様々な情報を提供してくれた。
ハンバーガーを食べに来てくれた時に、ラーメンについての話を振ると色々と語ってくれたのだ。
「ラーメンのスープは鶏ガラでつくるんだよ。ラーメンはタレが味の決め手だね」
華山くんは勢いよく、そう語ってくれた。ラーメンが好きでラーメンの作り方についてネットなどで調べたことがあるのだという。ただ、彼は料理ができなかったので、自分で作ることはなかったそうだ。
「そういえば、近所のラーメン屋さんが鶏の足を沢山捨ててるのをみたことがあったけど、あれ、スープのためだったんだ」
マッキーはそんな事を思い出して、思わず言ったら。
「鶏の足、あれはね、モミジっていうんだ。そのラーメン屋さん、旨い店だと思うよ」
華山くんの鼻息が荒くなったのは、御愛嬌か。
「そうそう、醤油ダレならば濃口醤油、薄口醤油、みりんか日本酒、ちょっとだけ砂糖をいれて、煮干しとか鰹節などの魚介だしで作るんだよ」
真山くんも嬉しそうに付け加える。
「香味油も入れないと、ラーメンのあの味はでないわ」
たまたまここで一緒になった如月さんも参加してくる。向田さんも乗り気で色々と話が広がっていく。ちょっと竜崎さんが引いているのは気のせいかな。
皆の乗り気な姿にマッキーはたじたじになった。ラーメン愛、恐るべし。
そうして、ラーメンスープの資料が集まった。
麺の問題が解決して、一番厄介かなと思っていたのはスープだったが、クラスメイト達の総力が結集され、大まかなレシピは判明した。あとはコントンの出番である。分離して必要なものを合わせるという荒業だ。任せなさい!
そうして。
今日は、ジギルさんのお店は貸切だ。ジギルさんやマーサさん、そしてアルスに手伝ってもらった。スープの出汁になったのはカイさんとハロルドさんがダンジョンで狩ってきたコカトリスだ。大物と数が多かったので運んだのはアルスだったりする。
クラスメイト21人がそろった。テーブルの上には22杯分のラーメンが乗っている。皆で黙礼をして。
「では、いただきます」




