16 この肉は外せません
キッチンロバ車には結界石が用意されている。夜、野外で泊まっていても結界石によって獣や魔物はある程度避けられるのだ。ただし、移動中は使えないらしい。
「結界石は地面に固定してその土地の力を使わなければならないからね」
旅路を心配してくれたジギルさんが教えてくれた。
そのため移動中は、私の能力【コントン】を発動させている。目には見えないが、結界のようなものがロバ車の周りに張られているのを感じる。起点は私自身なので、地面に設置してなくても問題はない。
北方は危険地帯になりつつあるようだが、私はあんまり気にしていない。【コントン】が大変便利な能力だと分かっているからだ。ここに着くまでに、その影響範囲は自分で調節できるようにもなった。
現在は周囲十メートルほどに広げ、安定させるように心がけている。この力が有能だなと思ったのは、魔物以外は弾かなかったこと。通りすがりの人や他の馬車などには何も干渉しない。そうでなければ街道では使えなかったよ。もっとも、これを通称通りの結界と読んでいいのかは分からないけれど、他に言葉を知らないので良しとしましょう。
北方へと街道を進む。人通りが少ないのは、やはり魔物が増えているからだろう。ジギルさんに貰った地図を頼りに、のんびりと歩を進める。
「ガーベラ。いい天気だね」
ガーベラは大きな鈴をカランコロンと鳴らした。返事をしてくれたような気もするけど、こちらの言うことを聞いているのかいないのか、相変わらず飄々とした表情でテクテクと進んでいく。
「本当に、人通りがないねえ」
時折追い越していくのは商会のゴーレム馬車ぐらいだ。私たちのようにのんびり歩いている者はいない。王都周辺にはまだ活気があったけど、今の状況では仕方のないことかもしれない。バシュッ、と音がした。結界に魔物が引っかかったようだ。あっという間にその生命はお肉へと変わる。
「お、毒持ちですね」
毛皮の上に鎮座しているお肉をみると、解毒の必要性を察する。
「ほいほい、【コントン】」
ということで意識を向けて毒を分離する。最近は使い方もだいぶ上達してきた。
すぐ側で魔物がご飯のタネになっても、相棒のガーベラは平然としている。なんというか、すごく肝の座った相棒なのだ。魔物が襲ってきた時に驚いたのは最初だけ。その時は周囲に人がいて皆逃げ出したが、私とガーベラだけはその場に留まった。魔物が透明な壁にぶつかった瞬間、その心臓だけを抜き取ってみた。できるかな、と思って試してみたら、できちゃった。周囲に誰もいないのを確認し、そのまま解体。あの時だけはガーベラもビビって逃げようとていたんだけど、今はぶつかる音がしても「フン」といった様子で鼻を鳴らすだけだ。君、本当に図太くなったよね。
「じゃあ、お昼にしようか」
街道沿いの休憩所にロバ車を止める。ガーベラには青菜とりんごを与え、足りない分は周囲の草をモクモクしてもらう。彼女は賢いので、結界の範囲からは決して出ようとしない。私は車内で仕込んでおいた肉を焼き、朝に焼いたパンに挟んで頬張った。
「地図でみると、もうそろそろ街かな。なんか美味しい調味料とかあるといいね。そう思わない、ガーベラ」
街道の先を眺めながら話しかけたが、彼女は咀嚼を止めない。
「うん。りんごとかあれば仕入れるからね」
りんごという単語に反応して、口を動かいていたガーベラは頭を上げてこちらを向き、ふにっと首を傾げて、また食事に後戻り。
「お前は、自分の好きなものには反応するんだね」
ガーベラはモクモクしている。いいけどさ。
その後も街道は誰も通らない。それどころか、街につくまでに頻繁に魔物がバンバンとぶつかってきている。どうやら相当な数が出現しているみたいだ。
「うーん。どうしよっかな。どう思う、ガーベラ」
私の問いにカランコロンと鈴がなる。君、この状況でも慌てもしないのね。
結界は最初、十メートルが限界だった。だが周囲に誰もいないし、魔物がたくさんいて邪魔だし、試してみるのもいいかもしれない。お肉を全部回収しに行けないのは勿体ないけど、魔物の死骸をそのままにしておくのは良くないと聞く。それにあと一、二時間すれば着くはずの街にこの群れが向かっているかもしれない。
「やってみよう!」
勢い良く、手を挙げる。結界のサイズをぐんぐんと広げていく。どこまでできるか分からないけれど、魔物を片端からできるだけ細かく分解していくという感覚で意識を広げる。美味しそうな魔物がいたら、部位ごとにお肉へ分解されるようにイメージして。
スルスルと結界が拡がっていく。十メートル、百メートル、一キロ。最終的には五キロまで感覚が届いた。ウソッ!
私は道を変え、ゆっくりと森の中へと歩いていく。街より先に寄る場所ができたからだ。周囲を見回しながら進むのだけれど、魔物の姿がまったくない。街道を歩いている時は、なんとなく森が薄暗く感じてたのだけれど、今は雰囲気が明るくなった気がする。たまに毛皮の上にお肉がポツンと乗っているだけだ。それを回収してさらに奥へ。
目的地に着くと、そこには大きな革の上に、立派な肉の塊が鎮座していた。結界に引っかかった時は、ホントにって思ったけれど。こんなに簡単でいいのかな、とも思ったけれども。
「おっし。ドラゴンの肉、ゲットだぜ」




