成田の秘密編
「駿。大阪から帰って来れなくて大変だったらしいな。
で、何の進展もなかったのかよ。 情けねえな。」
電話越しに幼馴染で腐れ縁の千歳太一にそう言われ俺はムカついた。
「うるせー。お前に土産買ってきたけどいらないんだな?」
「いるいる。寄こせよ。」
「じゃあ金曜の夜、いつもの店で。」
「色々、聞かせろよな。」
「話すことなんてねえよ! じゃあな。」
そして金曜日の終業後
「美優、たまにはちょっとお高めの所にご飯食べに行かない?
大阪出張大変だったんでしょ? そのご褒美という事で…」
伊丹若葉に誘われた。
「今月厳しいんだけど……うーん…行っちゃおうかな。」
「色々聞かせなさいよ。」
「話す事なんか何にもないよ。」
「私が何も気付いてないとでも? 何年美優の親友やってると思ってるのよ?」
え?何がバレてるんだろう?
若葉って鋭いからな…
若葉に連れてこられたのは都心の一等地に佇む『IWAMIホテル』の最高級レストランだった。
「ホテルでお食事なんてセレブのようでしょ。」
「こんな高級な所…私みたいな貧乏人が来る所じゃないよ…」
「うちの会社も同じIWAMIホールディングス傘下だからね。手を回して貰ったの。見てこれ。優待券。」
「安く食事が出来るの? 若葉様ぁ。」
店内は落ち着いた雰囲気でありながら重厚感たっぷりで調度品やテーブルや椅子までもが高級品だと一目でわかるような贅の限りを尽くしたもので溢れている。
「なんか場違い感にキョロキョロしちゃうね。」
「あまり劣等感感じるのは止めて。私達もセレブな振りをするのよ。」
ギャルソンに案内されて窓際の席に着く。
「やった。いい席だね。
……あれ?」
若葉が何かを見つけたようなので私も振り返って確認すると2つ先のテーブルに成田がいる。
「成田…?」
「あ、美優ちゃん。」
振り返って私の名を呼んだのは酔っ払いに絡まれた時に助けてくれた成田の幼馴染の千歳太一だった。
「え? 誰? 美優知り合いなの?」
こそこそと小声で尋ねる若葉に答える前に太一がやって来た。
「よかったらご一緒にしませんか?」
「でも…」
躊躇している私とは真逆に若葉は快諾する。
「いいんですか?」
太一は近くのギャルソンを呼び、テーブルを移る事を告げている。
成田のテーブルに移ると私も成田も気不味い顔を隠せなかった。
「で?二人は何があったの?」
席に着き自己紹介が済むと早速若葉の攻撃が始まった。
「そうそう、俺もそれ聞こうと思ってた。若葉ちゃん、さすが。」
なんだか若葉と太一の気が合っている。
「何にもねえよ。お前等勘繰り過ぎ。」
不機嫌そうに成田がそういうと私の胸がチクリと痛んだ。
太一が私の様子をチラリと窺って
「駿、もう少し女心を理解しような。
ったく。昔からモテてたから自分から言い寄ったことがないもんな…」
「どういう意味だよ?」
「お前みたいなやつは女が腐るほど寄ってくるだろ。」
「おい。言い方に気をつけろ。」
「まぁまぁ。喧嘩しないで。楽しく飲みましょうよ。
太一さんも私達と同じ年なの?」
「あ…いや…」
太一は言い淀み今度は駿の顔を窺い見る。
「いいよ。別に隠してはいないから。ただ今まで誰にも言わなかっただけで。」
成田がそう言うと太一が口を開いた。
「俺と駿は28歳で、美優ちゃんや若葉ちゃんより2歳上なんだ。」
「え…?成田って年上だったの? なんで? 浪人?留年?」
若葉は容赦なく質問すると、成田の代わりに太一が答える。
「駿は幼稚舎から通っていた応慶大学をストレートで、しかも主席で卒業してる。
大学卒業後にアメリカのスタンフォードに2年間ビジネス留学してるんだよ。」
「ビジネス留学?」
若葉と私が驚いていると、さらにもっと驚くことを知らされた。
「こいつ、俺達が仕事している石見ホールディングスの社長の息子、つまり御曹司なんだよ。」
は? 成田が日本で有数なグループ会社の御曹司…?
「驚いた? 駿は将来俺達の会社のトップに立つ人間なんだ。」
「それ本当なの? だって社長の苗字って石見だよね?」
「ああ、成田はおふくろの旧姓なんだ。」
「こいつの本名は石見駿。」
「なんで名前まで変えて…」
「駿、モテるでしょ。それに上司に気を使われたりとか…色々メンドくさい事にならないようにだよな。」
ただでさえ見た目やシゴデキでモテてるのに、その上御曹司って知られたら…
「成田も苦労してるんだね。分かった。誰にも言わないよ。ね、美優。」
「うん…」
成田がそんな凄い人だったとは…
元々凄いと思ってはいたけど、住む世界が違う人だったんだ…
どうりで平民の私には目もくれない訳だ…
今までのシチュエーションでも何も起こらなかったことが納得いってしまった。
たぶんこれからも何も起こらないだろう、と思い美優は胸の奥が傷んだ。
次回は明日18時更新予定です。