急な出張編 -美優side脳内再生-
翌月曜日。
ああ、なんだかこの土日ずっと成田のことばかり考えてたな…
今日からまたお仕事頑張ろっと。
エレベーターのボタンを押して暫く待っていると、
久米島くんが隣にやってきた。
「羽田先輩、おはようございます。」
「あ、久米島くんおはよう。」
「先輩この前、酷いじゃないですか。俺がトイレ行ってる間に…うっ…」
久米島くんの苦しそうな声に振り返ると、成田が久米島くんにヘッドロックをかましていた。
「ギブ…」
と成田の腕を久米島がポンポンと叩くと、技を解いてもらった久米島くんの攻撃になる。
「主任、これパワハラじゃないですか?」
「愛あるじゃれ合いだよ。久米島、愛してるぞ。」
「ああ、じゃあいいか……ってよくないですよ。何で俺を置いて帰るんですかっ!俺、寂しかったんすから!」
「そんなことあったっけ?」
成田のお陰で気不味さを感じずに和やかな雰囲気になる。
よかった。久米島くんとも元通りになりそう。
執務室に行くとまだ社員が揃っていないのになんだかザワついている。
何かあったのかな?
成田が宮崎課長に呼ばれて何やら深刻な様子だ。
ふと、成田がこちらに振り返り私を呼んだ。
「羽田。ちょっと来て。」
「はい。」
私は急いで宮崎課長のデスクに向かい、事のあらましを聞く。
・今日から大阪の取引先でイベントが催されるのに先方に商品が届いていないと大阪支社から連絡があった。
・今から手配しても明日以降の到着になってしまう。
・幸い東京本社には在庫がある。
・そこで、成田と私でイベント会場に直接納品しに行って、お詫びにイベントの手伝いをして来い。
という内容だった。
「わかりました。」
成田と一緒に倉庫に行って商品の確認をした後すぐに新幹線のチケットの予約をして大阪へ向かう。
「東京に在庫があってよかった。急げばお昼過ぎには会場に着きますね。」
急いでタクシーを呼び二人で乗り込む。
「週明けからイレギュラーの出張はキツいな。何の用意もしていないのに平気か?」
そうか。着替えも化粧品も何も持ってないのに2泊3日の出張で…どうしよう…
「お前、まさか何も考えてなかったのか?」
「うん…考えてなかった…」
「今日は無理だけど、明日の午前中は時間があるから買い物に行くか?」
「ああ…うん…」
今月、タクシー代も厳しいほどの経済状況なんだけどな…
「どした? 経済的な悩みなら心配するな。」
え?
どういうこと?
「急な出張に巻き込んだお詫びに色々プレゼントするから。」
「そんな、とんでもないよ。服は3日間同じの着てればいいし、化粧品は簡単な物ならいつも持ち歩いてるし…」
成田は私をちらりと見てふいっと目を反らした。
何? 化粧したってその程度とか思ってるの?
あ、でも下着は買わないとな…
東京駅でタクシーを降り、新幹線の乗り場まで納品する荷物を抱えて走る。
「大丈夫か?」
時々成田が振り返り心配してくれる。
「うん。大丈夫。成田の方が荷物沢山なのに…」
「俺なら大丈夫。お前チビだから…」
「はぁ?ここに来て人のコンプレックスを刺激するような事言うの?」
「前から見てると荷物が走ってるみたいだからな。」
「言われるほどチビじゃないもん。成田がデカ過ぎるんだよ。」
新幹線になんとか乗り込み、発車までまだ少し時間の余裕がある。
「俺、駅弁買ってくるわ。」
「私も…」
「お前は足遅いし、荷物持ち歩くのも大変だし、ここで待ってろ。」
「じゃあ、私の分もお願い。」
朝、コーヒーだけで出てきたので何か食べておかないと強行軍に負けてしまう。
「俺と同じのでいいか?」
「うん。任せる。」
暫くすると発車を知らせるメロディがなった。
成田まだかな?
心配でドア付近まで迎えに行ってみる。
無情にも成田が乗ってこないままドアが閉まってしまった。
「え…嘘…?」
大量の荷物を一人で運び会場まで行って謝罪しなければならない状況に心細さを感じて困り果てていると、
「何落ち込んでんだよ。」
と明るい成田の声がした。
「いや、焦ったわ。
レジで結構並んでる人多くて思ったより時間かかってさ。売店近くのドアに駆け込んだよ。
ほら、これおまえの分。」
「ありがとう。」
お弁当とお茶を受け取りながら一人でどうしたらいいかと、成田がいなかったらどうしようかと、成田の声がした時に心底ホッとして涙がこぼれてしまった。
「あ…」
「お前…何泣いてんだよ。」
と優しく頭をなでられ、成田の胸にそっとおでこを付けてしまった。
成田は一瞬驚いていたけど、私の後頭部をそっと抱き寄せてくれた。
「ごめん。ホッとしたら涙が出ちゃった。」
急いで離れる私に成田が優しい目で
「心配させて悪かったな。」
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私の目を見つめる成田。私も成田を見つめる。
どちらからともなく自然に唇が重なり合う。
「好きだ、美優。」
「私も…」
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「はい、ごめんなさい。通りますよ。」
大荷物を持った老婦人が二人を割って通行する。
そうね。ここは新幹線の通路だった。こんな所でいつまでも妄想してたら迷惑よね。
席に戻り駅弁を開ける。
「え?牛タン弁当?」
「おまえ牛タン好きだろ?」
「好きだけど、東京から大阪行くのに仙台のお弁当って。」
と大笑いしてしまった。
「え?そこ拘るとこ?だって、大阪行ったら現地で大阪の旨いモン食うだろ。」
「そっか。そうだね。笑ったらお腹すいちゃった。いただきまぁす。」
「泣いたり笑ったり忙しい奴だな。」
成田も気持ちいい位の大口を開けてお弁当を掻っ込んでいた。
新大阪に到着し、両手いっぱいの紙袋を抱え会場までタクシーで乗り付ける。
会場はもうすでに来場者でごった返していた。
受付ブースには関係者と思われる人が手を拱いて待ち構えていた。
「角蒼商事の成田です。この度はご迷惑をおかけして申し訳ございません。
こちら、イベント用の商品です。ご確認いただけますでしょうか?」
「同じく角蒼商事の羽田です。この度は本当に申し訳ございませんでした。微力ながらお手伝いさせていただきます。」
「手違いとはいえ、当日に間に合ってよかったです。では、この商品をあちらのブースにディスプレイしていただきたいんですが。」
「わかりました。」
会場内は午後の気温とたくさんの来場者で熱気を帯びてきていて4月の終わりとはいえ、空調が間に合わない程の暑さだった。
二人で汗だくになって商品を見栄え良く積み重ねていく。
新人研修の頃、よく成田や若葉たちと組んで商品を見栄え良く積む研修をしたことを思い出す。
「よし。並べ終わったな。次はあっちのブースを手伝いに行こう。」
「はい、主任。」
「お前、こんな時だけ『主任』って呼ぶなよ。」
だって本当に頼りになるから、尊敬の意を込めたんだけどな。
イベント一日目が無事に終わり、ホテルの手配をしていないことに気付く。
「ホテルって予約してないよね。」
「ああ、先方の担当の岡山さんが取ってくれたって。有難いよな。ここからすぐのホテルらしい。それより腹減らないか?」
「うん。お腹すいた。」
「じゃあ、なんば辺りに繰り出すか?」
「賛成!!」
二人でタクシーに乗り込み繁華街へと向かう。
「何食べたい?」
「そりゃ、大阪と言えば」
「「たこ焼きと串カツとお好み焼き!!」」
「ハモったな。」
タクシーの運転手さんにお薦めの店に連れて行ってもらう。
「ここがお勧めの店や。」
そう言ってお店の前で停めてくれた。
「大阪楽しんでなー。」
と、親切な運転手さんのタクシーは来た道を帰って行った。
大阪の街はキラキラしていてなんだかワクワクした。
店に入って食べたい物を片っ端から注文する。
「お前…そんなに食えんのか?」
「大丈夫。残さず食べるよ。」
ビールをジョッキで流し込みながら串カツを頂く。
「美味しい~!! 最高~!!」
嬉しそうな私の顔を成田がじっと見ている。
「何?」
「ソース付いてるぞ。」
「え?どこ?」
急いで口元を拭う。
「ウソだよ。旨そうに食べるなと思って。」
何それ…そんなに見つめられたら勘違いするんですけど…
お腹いっぱいになってお酒も入って気持ちよくなってきた。
「そろそろホテルに行くか。」
「そうだね。チェックインしなきゃいけないし…」
ホテルへと向かう途中、成田が
「明日、何時にする?」
と聞いてきた。
そう言えば、汗だくになって仕事していたので明日また同じ服を着て仕事するのはキツい。
仕方がないのでプチプラの服でオフィスカジュアルっぽい服を探せばいいかと思い、
「じゃあ、9時半頃ホテル出発でどうかな?」
と、提案すると、
「OK。じゃあ9時半な。」
と言う成田の笑顔が眩しすぎてドキッとした。
翌朝、8時頃に起きて軽く身支度をする。
「買い物に行くまでこの汗くさい服か…」
と呟き渋々着替える。
持ってきた化粧ポーチの中に入っているメイク道具だけで化粧を施す。
「なんか、物足りないな…」
鏡の中の自分の顔に不満を持ちつつコーヒーを飲む。
成田にこの汗くさい服と物足りない顔を晒すのが恥ずかしいな…
そう思っていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はい。」
「俺。」
ドアを開けると成田が立っている。
「え、もう?」
「うん。なんか支度出来ちゃったから。」
「コーヒー飲む?」
「いや、自分の部屋で飲んできた。ちょっと早めに出て朝飯でも食わないか?」
「うん。いいね。そうしよ。」
ホテルを出てファストフードの店に入る。
朝のセットメニューを注文して窓際のカウンター席に二人並んで座る。
「ねえ、あんまりくっ付いて座らないで。」
「え?なんでだよ。」
「だって、昨日と同じ服で私…汗くさいから…」
「そんなの俺の方が…」
そう言って離れてくれない。
「大丈夫だよ。全然臭くない。むしろいい匂いだよ。」
「バカッ。何言ってんのよ。」
朝食を食べ終えてショッピングモールへと繰り出す。
なんか、ここってプチプラの服があまりなくない?
っていうか、ハイブランドばっかり…
「あ、あれ…お前に似合いそうじゃね?」
成田が選んだのは、清楚系の可愛いワンピースで私なら到底選びそうにない服だ。
値札を見ると私の予算よりも10倍の値が付いている。
「いやいや、色んな意味で無理。」
「いいから試着してみろよ。」
試着くらいならと、フィッティングルームで着てみる。
あ、意外とイケる?
「着た? 出て来てみて。」
カーテンを開けると成田に上から下まで舐めるように見られている。
「は…恥ずかしいんですけど…」
「良く似合ってるじゃん。
じゃあ、こっちも着てみて。」
またしても手渡されたのはプレーンなワンピースだった。
「着た? どれどれ。」
今度は成田にカーテンを開けられより恥ずかしくなってしまった。
「ちょっ…急に開けないで…」
「これも可愛いな。じゃあこの2着にしよう。」
は…早い。決断が早過ぎる。
「でも私、こんなに高い服…」
「いいから。じゃあ、こっちをそのまま着ていくか。」
と成田はもう一着を手にさっさとレジへと行ってしまった。
さっきまで着ていたカーディガンとブラウスとスカートを急いで手に持ち成田の後を追う。
「この服と、あと今着ているこれ、お願いします。タグ切ってあげてください。」
レジのお姉さんは成田のイケメンっぷりに見とれているようだった。
「ねえ成田。こんな高い服2着も貰えないよ。今月は厳しいけど、来月返すから…分割で…」
「気にするなって言ったろ。あと、下着とか化粧品はいいのか?」
「あ、買う。」
ランジェリーショップでも構わずに一緒に入ってくる。
「何色が好きなの? 俺の好みはこういうヤツ。」
と手渡されたのは白にレースと水色の小さなリボンの施されたブラとショーツのセットだった。
「じゃあ、これにする。でもサイズはこっちで。」
と言ってしまった。
あ、サイズがバレた。
成田も真っ赤な顔をして
「ふ~ん。D65ね…」
とサイズをしっかりチェックされ
「それ、セクハラですよ主任。」
と私も真っ赤な顔で抗議した。
結局手渡された白のセットとピンクの上下セットの二組を買ってもらった。
これじゃ私、たかりみたい。
「次はおれの買い物に付き合ってよ。」
「うん。もちろん。」
メンズのブランドの店に入りるなり
「これと…これかな。」
スーツ2着とワイシャツ2枚を選んでフィッティングルームへと入って行った。
「どう?」
試着して出てきた成田に見惚れてしまった。背が高くスタイルのいい成田によく似合っている。
「カッコいい。」
思ったことがうっかり口をついて出てしまった。
「じゃあ、これ決定。」
もう一着も同じように試着して出てきた成田に
「カッコいい。」
と言ってしまった。
「あと、俺も下着買おっと。」
とメンズのアンダーウェアショップに付き合わされた。
「私店の前で待ってるよ。」
というと
「何恥ずかしがってんだよ。」
と強引に手首を引っ張られ店内へと拉致られた。
「黒とグレーかな? それとも紺がいいかな? 羽田どう思う?」
「どう思うって言われても…」
カルバンクラインのボクサーパンツを私の前に突き出してくるけど、成田が履いてるのを想像してしまって直視できなかった。
「うーん…じゃ黒と紺にしよっと。」
化粧品売り場にも付き合ってくれる。
「これ、この口紅よさそう。」
「口紅は持ってきてるから。」
「そっか。じゃあこのマスカラは? ちょっと目瞑って。」
マスカラなんて持ったこともないくせに私の睫毛に付けようとする。
「動くなよ。」
顎を持たれて真剣な顔が近付いてくる。
目を瞑ると成田の吐息が顔にかかって恥ずかしくて仕方ない。
「どう?上手い?」
意外と上手かった。きちんと根元から先に向かって塗ってくれたし器用なんだな、と感心した。
「いやぁ、彼氏さんに塗ってもらうとか、めっちゃ羨ましいわぁ。」
化粧品売り場のお姉さんもやっぱりイケメン成田に見惚れている。
私は成田からマスカラを捥ぎ取り
「彼氏じゃ…これ、下さい。」
とお姉さんに差し出した。
一通り買い物が終わったので一度ホテルに戻る。
軽くシャワーを浴びて今買ってきたばかりの下着とワンピースに身を包む。
そして鏡を覗き込むと、さっきまで物足りなかったのに成田が塗ってくれたマスカラが表情を明るくしてくれていた。
「さてと、今日も頑張るか。」
次回は明日18時更新予定です。