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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編まとめ

連帯責任って知ってる?

作者: よもぎ

最初に感じたのは痛みではなく衝撃だった。

どん、と彼女の体がぶつかる衝撃。軽く抱き着かれた程度のものではない、思い切り体重と勢いを乗せた衝撃だ。



「殿下!」



呼ばわる声が聞こえた数拍後でやっと痛みが来た。同時に衝撃を受けた腹部に耐えがたいような熱も感じた。

引きはがされた乳姉弟であるシアの手は赤く染まっていて、その顔には憎悪の表情だけがあった。

腹部を見ると簪が刺さっていた。

シアの髪は解けている。彼女の髪をまとめていた簪で腹部を刺されたのだと、この時やっと理解した。



「な、ぜ」

「おまえがバカなことをしたせいで母様は死んだ!

 おまえが夜会で婚約破棄などしなければ母様は今日も生きておられたのに!

 父様もだ!

 お前の教育係だったからと毒を賜り、私の両親は死んだ!!」



王子はそれまで、婚約破棄で自分が謹慎となった事でさえ不満だった。

愛する者と結婚したいという欲さえ持つことが許されないのかと憤ったし、その後の情報を与えてさえくれない周囲を恨んだ。

己の宮でただ静かに過ごさせられる。

それだけの日々が苦痛でたまらなかった。


だから、シアが訪ねてくれたことを嬉しく思った、のに。


彼女は己の両親が殺された恨みを死を覚悟の上で晴らしに来ただけだったのだ。



「来年には私が嫁ぐからそれが楽しみだと仰っていたのに!

 私の婚約も破談で、両親が望んでくれた未来はもう来ない!

 あの阿婆擦れにおまえが引っかかったせいで!

 何が真実の愛だ!人殺し!」

「私は誰も殺してなどいない!」

「乳母と教育係、礼節の教師、護衛騎士、側近予定の令息たち!

 お前にかかわり、見張る存在だった人々はおまえのせいで死んだ!!」



血を吐くような声が王子の自己保身を破壊する。

そんなつもりはなかったとしても、王子の身勝手で生じた死者の数は両手の指の数では足りない。

諫め、諭し、正道に立ち返らせようとした者たちであっても。

越権行為となると見過ごす他なかった存在でさえも。

王子の過ちの責任を取らなければならなかった。


はたと王子は気付いてはいけない――思い至ってはいけないだろうことに、考えがいった。



「アンナは……ならば、アンナはどうなったのだ」

「極刑に決まってるでしょ!?

 昨日の昼に絞首刑になって、死体は三日晒されることになったわ!ざまぁみろ!」



仮にも男爵令嬢であったアンナ。王子の思い人。

彼女はもうこの世の存在ではない。

それを知らされた王子は負傷のためでもなんでもなくがくりと膝をついた。


愛嬌のある彼女のことを愛していた。

いつでも冷淡で、王子自身のことよりも国のこと、民のことばかり優先する婚約者などよりも余程王子自身を見てくれた。


いずれ謹慎が解けたらその時は再び彼女と、と思っていた王子に、最早目標などなかった。

無表情な騎士に乱雑な応急手当を受けながら、騎士に捕縛されて連れられていくシアを黙って見送るだけだった。





その後、シアは仮にも王族を害したとして、両親と同じ毒を賜って死んだ。

一切の感情を死よりも前に捨て去った彼女は毒杯を一気に呷って苦しむ様子さえ見せず静かに息を引き取ったという。

残された五つ年下の弟にまでその罪が問われることはなかった。

だが、彼は親戚の縁を頼り、この国を出ていった。


「両親と姉を殺した国に忠義はございません」


まだ未成年の彼は、姉そっくりの無表情で言っていたそうだ。




王子は、と、言えば。

愛した者を失ったと聞かされ、同じ乳母に育てられたシアに憎まれ、傍にいた者たち全てを己のせいで死なせたショックからか、腹部の傷の治りも悪く。

ある日の朝、亡くなっているのを確認された。

自害などではなく、ただ衰弱したのだろうというのが宮廷医の意見である。

食事も殆ど受け付けず、ベッドに横たわるばかりでやつれていっていたのだからさもあらんと周囲は受け止めた。


しかし誰が知るだろう。


王子の看護をしていた医者の中には、王子の護衛騎士の血族が居たのだ。

そして医者は毒をよく知っている。

化膿止めの薬に毒を忍ばせ、一息にではなくじわじわと蝕んで殺した。

己が血族の葛藤と苦しみを少しでも味わって死ぬようにと願って。




ある王国で起きた婚約破棄のその後の話は秘したはずが気付けば民草にまで知れ渡り、愚かな王子の顛末を誰もが愚かしいと嘲笑った。

民草まで知っているということは近隣国にも知れているということで、王子に婚約破棄された後、隣国の皇太子に嫁いだ公爵令嬢もその話をよく知っていた。



「愚かな方だったわ。あの娘の処遇は愛妾としていれば、少なくとも誰も死なずに済んだでしょうに」



それは、選択肢としてはあったけれど、選ぶ者によっては見えない選択肢でしかなかった。


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