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尾行開始

 頑張ってる男が好きで、いくらでも貢ぐ……。


 凪人の頭の中では遥がホストに熱を上げている光景が次々に思い浮かぶ。時計を買ったり、高いシャンパンを空けたり、そうこうしているうちに財布は火の車。ゆくゆくは自らがキャバ嬢に…、


「ああああ、それはダメだろ!」


 急に声を上げる凪人に、前を歩く遥と充が驚いて振り返る。

「どうした?」

「何かありましたか?」

 声が駄々洩れていたことに気付き、凪人が慌てる。

「あ、いや、その。急に明日の授業に必要だった書類を忘れてきちゃったことを思い出しまして、あ、えっと、失礼します!」

 二人にくるりと背を向け、元来た道を歩き出す。


(貢ぎたくなる奴ってどんな奴だよ。どれだけのいい男なんだよ。くそっ)


 面白くない。なんだかよくわからないが、むしゃくしゃする凪人である。

「くそっ」

 声が、駄々洩れている。

 ずんずんと不機嫌そうに歩いてその場を去る凪人の後姿を見て、

「まったく、騒がしいやつだな」

 と、遥が肩をすくめた。



*****


 凪人はしばらく進んでそっと後ろを振り返る。二人はそのまままっすぐ進んでいる。さっと建物の陰に身を隠すと、気付かれないように、距離を取って尾行を開始する。


(って、何してるんだ、俺は…、)


 さすがに自分のしていることがバカげていると気付き…しかし、


(ダメだ!)


 男に貢いでいると豪語する遥を放ってはおけず、尾行を続行する。


 二人は最寄りの駅まで歩いてきた。ここから電車なのだろうか。だとすると、後をつけるのは難しいかもしれない。

 道行く若い女の子たちが自分を見て振り返る。いつもと同じその行為が、今日は邪魔に感じるのはなぜなのか。下手に声でも掛けられて足止めを食ったら困るな、などと心配していた矢先、


「あれ? 凪人?」

 名を呼ばれ、飛び上がりそうになる。見れば、声の主は、奈々。凪人の元カノである。しかも別れてからまだ一週間くらいしか経っていない、ホヤホヤの元カノだ。


「え? なんで奈々が?」

「それはこっちのセリフよ。なんでこんなとこに凪人がいるわけ?」

「俺は…、あれだ。教育実習の…、」

「あ、そっか!」

 奈々がポン、と手を叩く。

「教育実習、二週間って言ってたわね」


 ベージュのパンツスーツをシュッと着こなし、髪を無造作にまとめ、首元にはハイブランドのスカーフ。バッグは最新のモデルだ。相変わらず、雑誌から抜け出たかのような完璧なスタイルだった。


「で、奈々はなんで?」

 彼女はある雑誌の編集長をしており、家は都内のど真ん中に近いところ。この辺りで撮影でもしていたのか?

「私、実家がこっちなのよ」


 なるほど。


 などと世間話をしている場合ではないのだ!

 凪人はハッとして遥の姿を目で追う。やはり駅に向かっている。一緒だったみつるの姿がない。これは、尾行のチャンスだ!


「悪い、俺、急ぐから」

 奈々を振り切って駅へ向かおうとするが、

「駅? 私もそっち。行こ!」

 何故か奈々に腕を掴まれる。

「いや、俺急いでるから、」

「奇遇ね。私もよ!」

 凪人の腕に絡みながら、笑う。


 奈々と凪人はここ半年ほど付き合っていた。少し年上の彼女は、凪人自身に興味があったというより、新しく創刊される雑誌の被写体として、凪人に寄ってきた感じである。

 実際、雑誌が創刊し、売れ行きは好調。更なる野望を掲げ、模索している彼女にとって、凪人に費やす時間は減っていたし、興味も薄れたのだろう。今では単純にモデルと編集、という間柄になっていた。


 奈々に腕を絡められたまま、駅へ。


「私はこれから事務所に戻るんだけど、凪人、何処に行くの?」

「どこって、別にどこでもいいだろうっ」

 正直、行く宛などないのだ。というか、こんなところを見られたら困る、と凪人は内心ハラハラしているのだった。

 改札を抜け、上りのホームへ。すると、少し先に遥がいるのが見えた。


(ヤバ! いるじゃんっ)


 凪人が奈々の腕を離そうとした瞬間、奈々の方からするっと絡めた腕を外したのである。肩透かしを食う形の凪人。

「あれ? 遥?」


(……へ?)


 何故か奈々が遥の名を呼ぶ。そして、振り向いた遥が奈々に向かって手を上げたのだ。

「やだ、遥ったら久しぶり!」

 奈々が駆け寄り、遥とハグをする。凪人はその様子をぽかん、と眺めていた。

「奈々は仕事終わりなのか?」

「まだまだ終わらないわよ。これから会社に戻って校正とか打ち合わせとか、色々ね。遥はどこ行くの? あ、やだ、まさか…、」

「ま、その『まさか』だ」

 遥が奈々を見てニヤリと笑った。そんな遥を見て、奈々は呆れたように息を吐く。

「まったく…、あんたの一途さには参るわね、ほんと」


「あ、あああのっ!」

 二人で盛り上がっている後ろから、凪人が思い切って声を掛ける。すっかり除け者状態だった。


「ああ、凪人、」

「大和先生?」

 奈々と遥が同時に声を出す。


「知り合いなの?」

「知り合いか?」

 お互いを指差し、また、ハモる。


「二人は知り合いなんですかっ?」

 凪人が遥に質問する、と、奈々が心底驚いた顔で凪人を見た。

「凪人が…敬語……? え?」

 凪人と遥を交互に見る。


「大和先生、私と奈々は高校からの友人なんだ。奈々、彼は今、私がいる学園に教育実習で来ているんだよ。これでお互いの謎は解けたか?」

「ああ、そうか! 遥のとこに! ……ってことは」

「さっきまで三人一緒だったんだぞ。充には会わなかったのか?」


(充!? なんで急に、体育教師を呼び捨てるんだっ?)


 凪人の心がざわつく。


「本当? 会わなかったわ」

「あの、柊先生がなにか?」

 凪人が恐る恐る訊ねる。

「ああ、凪人知らなかったの? 柊充は、私の兄よ」

 奈々の言葉に、凪人はフリーズする。


(兄……、兄…)


「兄!?」

 やっと思い出す。

 奈々の苗字は、柊だったのだ。


「それより、忘れ物はどうしたんだ?」

 遥が凪人に訊ねる。

「あ、えっと、確かめたら、やっぱりちゃんと持ってました。はは、」

 適当に誤魔化す。

「なんだ。うっかり者なんだな」

 そんな二人のやり取りに妙な違和感を覚える奈々。


三人の前に、上り電車が滑り込んで来た。



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