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青い青年は養護教諭を攻略したい  作者: にわ冬莉


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感情察知

 立ち去ろうとした凪人の服の裾を掴む遥。


「…え?」

 振り向く凪人に、遥が詰め寄る。


「今、なんて言った?」

 ギロ、っと凪人を睨み、訊ねる。


「へ? 今…ですか? えっと、俺、もう行くんで…、」

「そのあと!」

「あ…と、怖い思いさせてすみません…?」

「それだ!」

 ピッと凪人を指し、続ける。


「なんで私が『怖い思い』をしたと思う?」

 なにを言ってるんだろう? と思いながらも、答える。

「そりゃ、急に男が部屋に押し入ってきたら怖いですよね? 俺が考えなしでした。あんなに怯えると思ってなくて、」

「おい!」

 遥が凪人の胸倉を掴む。まぁ、身長差があるため、変な構図にはなるが。

「お前…凪人のその触角は、感情まで読み取れるのか?」

「へ? ……いや、そんな力はないと思いますけど」

「じゃ、なんでっ」


 遥が何を聞きたいのかがよくわからず、しかし何か、とても取り乱しているようだということだけはよくわかる。凪人は胸倉を掴んでいる遥の手に自分の手をそっと重ねた。

「もう少し、一緒に…、」

「いや、ダメだ、帰れ」

「ええええ?」

 瞬殺である。


 今の流れだったら、ここから夜通し語り合うパターンだろ!? などと脳内で抗議するが、口には出せない。


「なんでもない。すまなかった」

 胸倉を掴んでいた手を離す。

 数秒の沈黙の後、遥が口を開いた。

「私が先に外を確かめよう」

 そう言って部屋のドアを細く開け、外の様子を伺った。人差し指で凪人に合図を送り、部屋の外へ出す。


「今度はちゃんと先に連絡入れてから来ます。じゃ」

 再びフードを被り、足早に去る凪人。


「また来る気なのか?」

 その後姿を、遥は複雑な思いで見送るのであった。


*****


 翌日は晴れ。

 梅雨の時期とは思えないほどの晴天だった。


 撮影クルーが到着するのを待ち、夕方から撮影することになった。狙うは、サンセットビーチ!


 この日、修学旅行生たち一行は自由行動。グループごとに街を散策したり、ビーチで泳いだり、好きに過ごす。遥はビーチで生徒たちの安全を見守る担当らしい。ライフセーバーは別にいるようだが、養護教諭なので、一番必要とされそうな場所に配置されたということだ。……と、まぁ、これは弟、タケルから仕入れた情報である。


 遥たちの泊まっているホテルには、小さいながらもプライベートビーチがあり、遊泳組はそこで過ごすのだそう。そしてそのプライベートビーチのすぐ近くに、凪人たちが泊まるホテルのプライベートビーチがある。つまり、上手くすれば撮影しながら遥を見られるかもしれないのだ。


 凪人はコーディネーターやヘアメイクとの打ち合わせ、衣装合わせを済ませ、撮影クルーたちと合流した。


「いい天気で良かったですね」

 カメラマンに挨拶を済ませ、世間話などを、少々。この業界では、こういう細かい接触が大事なのだ。

「大和君、持ってるねぇ。梅雨の時期にこれだけ空が青いって、なかなかないよ~?」

 そんな会話をしながら浜辺に向かう。


 今日は主に動画撮影だったが、同時に写真も撮るらしい。メイキングっぽい感じにするらしい。


 浜辺に降りると、思っていたより隣のビーチが遠い。大きなパラソルが設置されているのが見えるのだが、遥はあそこなのだろうか。

「じゃ、まずは写真撮影からいこうか」

 カメラマンの掛け声を受け、凪人はモデルの顔へと変わる。


*****


「あれぇ? なんか撮影してない?」

 海から上がってきた女子生徒が指差しながら言う。遥が彼女の指す方を見遣ると、

「ああ、そこでやっているのか」

 すぐに凪人だとわかる。


「青いな…、」

 白い砂浜によく映える。


「ねぇ、谷口先生、なんかやってる~!」

 生徒たちの呼びかけに、

「ああ、そうだな。地元テレビ局でも来てるんじゃないか?」

 と適当に答える。

「なぁんだ、そっかぁ」

 生徒たちはすぐに興味を無くしたように、海へと戻っていった。


「凪人が来ているとバレたら騒ぎだろうからな…、」

 黙っていることにする。


 ビーチ組は、午前と午後の二交代制だった。今海に入っている子たちは午後組だ。生徒たちは楽しそうだが、ただ見ているだけの遥は退屈だった。そして、暑い。

 携帯がブルル、と震える。見ると、凪人からのメッセージが入ってきた。


『同じ空を見てますか?』


 ご丁寧に、写真付きだ。

「なにやってるんだか」

 遥がすぐ近くにいることもわかっていてやっているに違いなかった。


『相変わらず青いな。真面目に仕事しろ。見えているぞ』


 文字だけで返すと、既読マークのあと、スタンプが送られてくる。OK、と親指を立てている宇宙人のスタンプだ。

「ぶっ、」

 思わず吹き出してしまう遥である。


 それから小一時間。空が曇り始める。



*****


「忘れ物ないようにな。撤収!」

 遥が海にいる生徒たちに向かって声を掛ける。遠くで雷の音が聞こえ始めたのだ。

 南の島にはよくある。スコールである。

「先生も早く~!」

 生徒に声を掛けられ、頷く。


「忘れ物がないかチェックしたらすぐ向かうよ。先に行きなさい」

「はーい!」

 最後の子たちがホテルに帰るのを見送ると、砂浜を見て回る。忘れ物やごみが残されていないのを確認すると、ふと、撮影現場を振り返る。まだやっているようだ。

「降ってきそうなのに」

 気になって足を向ける。


 撮影クルーの外にも、数名のスタッフがテントの下に集まっていた。更に、ホテルの客らしきギャラリーがチラホラ。

 しかし、ぽつりと雨が降り出した途端、ギャラリーは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。


 遥は立てられたテントの影から邪魔にならないように撮影風景を覗く。

「大和君、折角だからちょっとだけ雨の中での写真撮るね~」

 カメラを構えた男性が叫ぶ。


 振り出す、雨。


 雨の中、凪人が次々にポーズをとる。

「少し切ない感じ、くれる~?」

 カメラマンの声に、即座に反応する凪人。


 雨に打たれ、絶望するかのような切ない表情を浮かべる。それは普段見せる表情とは全く違う顔……。


 さすがだな、と遥は思った。

 前にも一度、撮影現場を見かけたことがあるが、こんな風に即座に対応し、表情を作っていくのは凄いことだ。


(……そういや、写真で見ても、青いのか?)


 素朴な疑問である。


 そのうち雨は本降りになり、撮影は中断。カメラマンが慌ててテントに戻る。凪人もあとからやってきて、大きなタオルを渡され、体を拭いていた。


 遥は、傘をさし、そっとその場を後にした。


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