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隣人同士

「ご苦労様」

 遥が最後の荷物を受け取り、引っ越し業者を見送った。

 振り返れば、部屋の中はそれなりに新生活が始まる予感に溢れている。


「あ~、お腹減ったぁ」

 騒いでいるのは奈々である。引越しの手伝いをすると言って押しかけてきたのだが、ものの三十分もしないうちにこれだ。

「まったく、何しに来たんだ、奈々。手伝いに来たんじゃないのか?」

 腰に手を当て、へたり込んでいる奈々を見下ろす遥。

「だぁってぇ。もうお昼過ぎたもん」

 時計を見ると、確かに昼はとうに過ぎているようだ。


「腹が減ってはなんとやら、か。じゃ、昼にするか」

「わーい! 凪人、お昼だって!」

 部屋の奥、段ボールを運んでいる凪人に声を掛ける奈々。

「悪かったな、凪人。手伝わせて」

 遥がそう口にすると、横から奈々が割り込む。

「あら、凪人は喜んで手伝ってくれてるんだから気にすることないわよ? ねぇ?」

 凪人に話を振る奈々。


「それに、ただってわけじゃないもの」

「え?」

「は?」

 奈々の言葉に、遥と凪人が反応する。


「ただじゃないって、」

「引っ越し手伝う代わりに、遥にもあることを手伝ってほしいって、凪人が」

 凪人の知らないところで話が勝手に進んでいく。

「ちょっと、何の話だよっ」

 何を言われるのかと焦る凪人。


「明後日のオーディションに向けて、少し練習に付き合ってあげてよ、遥」

 わりとまともな話でホッとする凪人。これを口実に一緒にいられる時間が増えるなら万々歳だ。


「私がか?」

 遥が驚いた顔をする。凪人を見ると、キラキラした瞳で遥を見ている。

「モデル以外の仕事を受けるのは初めてなんですって。しかも役者なんて未知の世界。少しナーバスになってるみたいだから。ね?」

「私は演技経験なんかないぞ?」

 断ろうとする遥に、すかさず凪人が畳みかける。


「でもっ! 遥さんはカレントチャプターへの情熱があるじゃないですかっ。その辺のことを詳しく伝授してもらえたらっ」

 可愛くお願いモードである。


「……まぁ、物語の解釈やキャラクターについてなら無限に語れるかもしれないが…、」

「充分です!」

「……そこまで言うなら。練習に付き合うのは構わないんだが…、」

「お願いします!」

 そう。オーディションは明後日。もう目前なのだ。


「わかった、やろう」

「よっしゃ!」

 思わずガッツポーズをしてしまう凪人である。そしてそんな凪人を、肩を震わせ見守る奈々である。


*****


 昼を食べ、あらかた荷物が片付いたところで奈々は引き揚げてしまった。凪人は遥と二人きり……。


「飲むか?」

 冷蔵庫からビールを出し、凪人に掲げる。凪人は頷くと差し出された缶ビールを受け取った。

「いよいよ一人暮らしスタート、か」

 プシュ、と蓋を開ける。


「独り暮らしは初めてなんですよね?」

「まぁな。家を出ようとしたこともあるんだが、その時は親に止められたんだ。なのに今度は出て行け、だもんなぁ。まったく」

 眉をしかめ、遥。


「何かあれば呼んでくださいよ。俺、すぐ隣にいるんで」

「ふふ、」

 可笑しそうに声を上げる遥に、凪人が首を傾げる。

「何で笑うんですかっ」

「いやぁ、イケメン君がイケメンみたいなことを口にするもんだから」

「なんか変ですかっ?」

 口を尖がらかせる。

「いいや、可愛いなと思って」

 そう言ってビールを飲み、凪人の顔を見上げる。


(ちょ、ダメだって、その顔っ)


 ほんのり染まる頬。眼鏡の奥の強気な瞳。完璧に可愛いのだ。


「俺たちって、」

 凪人が、手にしたビールをグッと煽った。

「俺たちってどういう関係なんですかね」

「うん?」

「隣人? 推し仲間? 奈々の友人?」


(それとも…、)


「なんだ、そんなの何でもいいだろう。そんなことにこだわるタイプか?」


 そうだ。

 今までだったら関係性に名前を付けることなどなかっただろう。恋人、という存在にすら、正確な名前など付けたくなかったくらいだ。なのに…どうしてか遥との関係には、名前が欲しくなっていた。それが例え『隣人』だとしても。


「俺…遥さんとは繋がってたい…、」

 ぼそり、とそんなことを口走る。遥が驚いた顔で凪人を見た。

「どうした? 柄にもないことを。……もしかして…、」

 遥が息を呑む。この想いに、気付いただろうか。

「……ホームシック?」


 ズル、


「違いますよっ」

「寂しい病でも発症したのかと…、」

「ああ、それはあながち間違いではないですね。なんだか最近、妙に寂しくなることがあります。あなたのことを考えると…」

「え?」

 凪人が遥をじっと見つめる。

「凪人…?」

「俺、こんな風になるの初めてなんです。これって何なんですか? 養護教諭ならわかるでしょ?」

 ずい、と迫る。

「それは…、」

 遥が視線を外す。

「責任…取ってくれません?」


 缶ビールをテーブルに置く。両手を伸ばし、遥を包み込む。すっぽりと腕の中に納まってしまうこの得体のしれない生物に、どうしてこんなに振り回されるのか。こうして抱きしめているだけで、どうしてこんなに切なくなるのか……。



「我々の関係か……。ま、推し仲間で隣人、だろうな」

「あ…そうですよね」

 現実に引き戻される。


「で、特訓とやらは今夜でいいのか?」

 律儀にも、本当に特訓に付き合ってくれるようだ。それは有難い話である。が、

「俺は…いつでも。…けど、」

 まだ段ボールの残る部屋を見る。引越し当日の夜だ。ゆっくり片付けがしたいのではないかと思ったのだが。

「ああ、気にするな。片付けるのに大して時間は掛からんだろ。そうだな…、一旦解散して、夜集まるか」

「わかりました。じゃ、何か食べるもの買っておくんで、夕飯食べてからにしましょう。何か食べたいものありますか?」

「任せるよ」

「わかりました。じゃ、また後で」


 缶ビール片手に部屋を後にする。すぐ隣のドアを開ければ我が家だ。この距離感、最高じゃないか!


「いっそ壁もなけりゃいいのにな」

 部屋に戻り、そう、ひとりごちる凪人なのだった。



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