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心身混乱

「見えるのか、って、何の話だ?」

 遥が怪訝な顔で凪人を見た。

「だから、俺の姿が見えるのかよ?」

 外面も忘れ、素に戻る凪人。


「目は見えている。青い宇宙人らしき物体が目の前にいること以外は、至って正常だが?」

 遥がドヤ顔で主張した。


「マジかよ……」


 凪人は、ピコラ星人である。先祖がこの星にやってきたのは、もうかなり昔の話らしい。

 ピコラ星人は、頭についた二本の触角から出ている特殊な電波のせいで、本来の姿にフィルターがかかっている。だから地球人には、ピコラ星人も普通の人間に見えるはずなのだ。

 ただ、天文学的数字ではあるが、ごく稀にその電波が効かない人間がいる。


「……まさかとは思うが、お前…それ本物…なのか?」

 遥が手で口を覆った。

「……本物だよ」

 凪人が諦めたように、言った。

 隠す必要もない。というか、隠せていないのだから本当のことを言うしかないのだ。凪人はざっくりとピコラ星人のことを説明した。特殊な電波が利かない人間がいるのだ、と。


「私以外の人間にはその姿が見えていないのか……成程。どうりで誰も騒ぎ立てないはずだ」

 遥は納得したのか、まじまじと凪人を観察しながら、頷いている。


「では、NASA公認なのだな?」

「それは違う」

「違うのか!? 地球外生物が存在して、しかも、もう長いこと地球で生活している事実をNASAは知らないとっ? では、アメリカはどうだ? やはりエリア51にはグレイがいるのか? おお、もしや君はグレイと知り合いだったりするのかっ?」

 盛り上がる遥を椅子に押さえつけ、

「ああっ、もう、黙れよっ」

 手で遥の口を塞ぐと、凪人は耳元に口を寄せ、わざと囁いた。

「このことは、俺たちだけの秘密だ。いいな?」


 凪人は思っていた。

 面倒なことになる前に、こいつを落とせばいいのだ、と。自分の言うことを聞かせる手っ取り早い方法は、それだ。夢中にさせること。そうなれば、騒ぎになることもなく、やり過ごせるはず。そして今までの凪人にとって、女を夢中にさせることは呼吸と同じくらい簡単なことだった。


 が、遥は凪人の手を取り、強引に引きはがすと、立ち上がって辛辣な言葉を浴びせかける。

「気安く触るな、小童め!」


「こ、こ…こわ…っぱ?」

「まったく、ピコラ星人だか何だか知らんが、躾がなっておらんな! 弟もちょっとおかしいと思っていたが、兄はもっとおかしいのか。どいつもこいつも…、」

 ぶつくさ呟くと、凪人の腕を掴む。


「話は理解した。用がないなら出て行け。私は仕事に戻る」

 腕を引かれ、廊下に突き出され、扉をぴしゃりと閉められる。追い出されたのだ。

「……この…この俺様が、女に追い出された…だと?」


 自尊心をズタズタにされ、凪人は生まれて初めての敗北を味わったのだった。


*****



 後日、凪人は弟から聞き出した情報を頭の中で整理する。

 谷口遥。二十五歳。独身。生徒からは人気のある養護教諭で、かなりの面食いらしい。彼氏の有無は不明。ちなみに、弟、タケルのことは青く見えていないようだ。


「え? まさかと思うけど、谷口先生のこと好きなの?」

 弟にそう揶揄され、真っ向から全否定する。

「そんなわけないだろう!」

 お前になど興味なし、と言わんばかりの態度を取られ、ただ悔しかっただけだ、とも言えず、それ以上は遥の情報を引き出すことが出来なかった。


 ここ数日、休み時間は必ず女子生徒に声を掛けられる。囲まれ、質問攻めにあう毎日だ。ラブレターももらっているし、直接の告白も数人からされていた。


(そうだ。これが俺だ!)


 そう、心の中では思っているのだが、なんだか空しい。遥とは校内で何度かすれ違ったが、彼女は相変わらず凪人のことなど全く眼中にない。


 渡り廊下で遥が誰かと話をしているのを見つけた。あれは、確か国語科の宮田という女性教師だ。遥とは年も近く、よく飲みに行くのだと宮田本人から聞いていた。

「ねぇ、遥はどう思う? 王子のこと」

 王子、とは凪人を呼ぶ隠語だった。自分の名前が出たことで、凪人は足を止め、柱の陰に隠れ、耳をそばだてる。

「どう…とは?」

 遥は質問の意味が分からず首を捻る。

「だって遥、イケメン好きでしょ?」

 探るような目つき。


「興味ない。知っているだろう? 私は面食いなんだ」

 サラッと話を流す遥に、宮田亜理紗が複雑な顔をし、追い打ちをかける。

「だから聞いてるんじゃない。あんなイケメン、なかなかいないわよ? 彼、背も高いし、サラサラの髪に整った顔立ち。右目の下にある涙黒子なんて、セクシーじゃない? そのくせ笑うとちょっと幼く見えるっていう、このギャップ~」

 スラスラと彼の特徴を話す宮田亜理紗の言葉を聞き、首を傾げる。


(涙黒子…ねぇ、)


「そうか、彼は本当にイケメンなんだな」

「は?」

 遥の返事がなんだか嚙み合っていない気がして聞き返す。

「いや、なんでも。とにかく私にはもう、心に決めた人がいるしな」

「あー、そうね。例の彼ね。じゃ、私のこと、しっかり応援してよね~」

そう言って宮田が遥の肩を軽く叩く。そして手を振りながら、その場を離れた。

二人の会話を一部始終聞いた凪人が小さく息を吐き出す。


「心に決めた人…か」

 何とも言えない気分だった。


 そりゃ、二十五にもなれば特定の相手がいたって不思議ではない。遥は特別美人でも特別可愛くもないが、独特な雰囲気を身にまとっていたし、なんというか…グラマーだ。白衣など着ていると色気ムンムンでそりゃもう……いや、やめておこう。


 遥が踵を返し、こちらに向かってくる。

 凪人は咄嗟に遥の前に立ちはだかると、じっと遥を見つめる。


「なんだ? 何か用か?」

 相変わらずの対応。普通なら、凪人が見つめただけで女は頬を赤らめ、俯いてもじもじするものなのだが。

「あんたさ、彼氏、いるんだ」

「は?」

 自分でも何を言っているのかよくわからなかったが、つい、口をついてそんな言葉が出てしまう。

「そいつ、かっこいいの?」

 凪人の質問に、遥はフッと顔をほころばせた。愛らしい、乙女のそれである。

「ああ。いい男だぞ」


(…え? なんだよ、その顔)


 心臓を鷲掴みされるような感覚を覚え、思わず焦る凪人。思わず遥の手を掴む。

「俺よりもか? 俺よりそいつの方がいいっていうのかよっ」

 いきなり絡まれた遥は、真顔に戻ると、

「なんでお前が出てくるんだ?」

 と返す。


 ごもっともである。


「むしゃくしゃするんだよっ」

「はぁ? 意味不明だな」

 遥が掴まれた腕を振りほどこうとするが、そのまま体ごと壁に押し付けられる。見つめ合う、二人。


「……多少形態は違うが、これが世に言う壁ドンか」


 状況を冷静に見極め、遥。

 凪人は急に恥ずかしくなり、顔を赤らめた。…青いけど。


「くそっ」

 そう言い放ち、凪人は遥の手を離すと走り去っていった。


「……さすが、地球外生命体。理解出来ん」

 遥は掴まれた腕をさすりながら、走り去る青い影を見送った。


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