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学園退去

 全校集会が行われている体育館は、二週間前と同じだ。なのに、壇上から見える景色が全く違っていることに、凪人は驚いていた。


 たった二週間である。


 生徒たちの顔を見ると、概ね女子たちは涙目で壇上を見つめている。(ように見える)少なくとも、残念そうにしてはいるだろう。それを証拠に、今日は朝からプレゼントや手紙攻撃を受けている凪人である。


「それでは、大和先生、どうぞ」

 校長がマイクで呼びかけると同時に、生徒たちから、

「凪せんせぇ~!」

「大和先生、やめないでぇ!」

「結婚して~!」

 などの声が飛び出し、場がざわつく。


 凪人は壇上、真ん中に立っているスタンドマイクまで歩くと、お辞儀をして、話し始めた。


「えー、早いものでこの学園に来て二週間が過ぎようとしています」


 何人の女子から言い寄られるかを楽しみにしていた自分が嘘のように、今は心が澄んでいる。そしてハートが燃え(たぎ)っているのだ。


「この二週間で学んだことをしっかり自分のものとし、次へと繋げていきたいと思ってます。この先、自分は、芸能の道を目指していますが、もし失敗したら、校長先生、雇ってくださいね」


 会場がドッと沸く。


「最後に、色々と面倒を見てくださった諸先生方に心から感謝申し上げて、最後の挨拶に代えさせていただきます」


 深く、お辞儀をする。


 会場からは大きな拍手と、黄色い声が聞こえてきた。

 しかし、今の凪人は黄色い声になどまったく興味がなくなっていたのである。


*****


「大和先生、本当に最後なんですかぁ?」

「寂しすぎますぅ!」

 職員室では女性教員数名に囲まれた。


「いや、まぁ、また何かあればお邪魔するかもしれませんし」

 適当に笑って誤魔化す。


「せめて連絡先とか、」

 最後まで食い下がってきたのは宮田亜理紗だった。が、

「すみません、事務所から連絡先の公開は禁じられているんです」

 適当な嘘で、かわす。


「…そうか、そうですよね。これから芸能界で華麗にご活躍なさるんですもんね…、」

「そうなるといいんですがね」

 とにかく適当に返す。


 職員室で一通り挨拶を終えると、そのまま保健室へと向かった。もう、こんな風に毎日会うことも出来なくなるのだ。そう思うと息が苦しくなる。


「失礼します」

 保健室のドアを開け、中へ。


「ちょっと待って、なんで突然そんな…だから、は? そりゃそうだけど……ああ、うん、わかった、わかったって。はいはい。じゃ」

 遥は誰かと電話をしていたようだ。

「まったく、」

 携帯電話を睨みつけながら、遥。


「どうかしました?」

 声を掛けると、凪人を見て遥が吹き出した。

「ちょ、なんで笑うんですかっ」

「だって…その荷物…クク、」

 生徒や先生方からもらったプレゼントや手紙でいっぱいになった紙袋を三つも持っているのだ。


「夏休み前の小学生みたいな…ぶぶっ、」

 自分で言って、吹いている。

 しかし言われてみれば同じシルエットかもしれない。

「仕方ないでしょうっ」

 恥ずかしくなって声を荒げる。

「モテる男はつらいな」

「外野にモテたって意味ないですよ…、」

 聞こえないよう、小さく呟く。


「それより、さっきの電話、なんです? なんか、揉めてました?」

 話題を変える。


「ああ、親だよ。まったく、急に出て行けと言ってきた」

「え? 出て行け、って、家を?」

「今のマンションを売って、郊外に引っ越すから、これを機に独立しろってことだ」

「ああ、なるほど。じゃ、独り暮らしを始めるんですね」


 独り暮らし……。

 若い女の、独り暮らし!?


 凪人の頭の中に、独り暮らしを始めた遥の姿が浮かぶ。料理をする姿。洗濯物を干す姿。仕事帰りに、誰もいない部屋に帰る姿。そしてそれを遠くから追いかける、怪しい影…、


 ストーカー!?


「いや、ちょっと待ってダメですね、それはっ、危険すぎる!!」

 急に喚き出す凪人に驚く遥。

「なんだ、藪から棒に?」

「一人暮らしなんて、ダメでしょ!」

「なんで?」

「危険だからですよ!」

「ああ、お前みたいな遊び人に弄ばれてしまうかもしれないもんなぁ?」

 ニヤニヤしながら凪人を突く。

「おっ、俺はそんなっ」

 思い当たる節しかない。よって、何も言い返せない。


「……まったく。私だっていい年した立派な社会人だぞ? 親元を出てひとりで暮らすことくらい、何の問題もないだろうが」

 呆れたような口調で凪人に言い返す。が、凪人も負けてはいない。


「じゃ、セキュリティ第一で考えましょう。オートロックは必須です! それから駅近であることも大切ですね。あと、コンビニも近くて…、あ、病院もあった方が、」

「待て待て待て、住むのは私で、私は老人じゃないからな。そこまで駅近や病院にこだわりはない」

 勝手に盛り上がる凪人を制止し、遥。

「はぁ? なに言ってるんです? 何かあってからじゃ遅いだろ!」

「だから、大和先生はなにをそんなに心配してるんだ?」


 突っかかってくる遥。凪人は手にしていた紙袋を投げ出し、遥の肩に手を置いた。

「俺はもう大和先生じゃないっ。あんたももう、先輩じゃない!」

 そしてそのまま遥を抱き締める。


「ちょ、なにをっ」

「俺にもよくわかんねぇよっ。けど、俺をこんな風にしたあんたが悪いんだっ」

 腰に回した手をグッと引き寄せ、もう片方の手で遥の頬を包み込む。

 身長差が邪魔をするが、そんなことどうでもいい。もう我慢の限界だった。半ば遥を持ち上げるかのような状態で立たせ、無理矢理唇を奪う。


「ぅ、ん…、」

 小さく抵抗していた遥が、静かになる。

 凪人はゆっくりと唇を離し、遥を見つめた。遥の潤んだ瞳が目の前に……、

「わかってんだろ? お前のことが好…、」


「おい、()()()()()()?」

 現実に戻される。


(あああああ、何なんだ、俺っ)


 妄想の中でだけ、頑張れている。


()()()()()()()()、ですよね。ええ、そりゃもう、俺みたいな男に悪いことされないか心配してるんですっ」

 自棄になって答える。


「ふふ、お前は私の父親か。ま、うちの親はそこまで心配しないと思うがな」

 遥がけらけらと笑う。

「とにかく、ちゃんとしたところ探してくださいよ。あ、そうだ。奈々に相談しましょうよ、ね?」

「奈々か…、まぁ、確かにあいつは独り暮らし歴も長いから色々教えてもらえそうだな。そうするか」


 遥の言葉を聞き、やっと胸を撫で下ろした凪人なのであった。



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