■第二章 4ー1 配達人改めメイド喫茶従業員?
本日の1本目です。
結局、朝方近くまで、浩介はジズとおしゃべりをして過ごしてしまった。少し寝不足気味ではあるものの、体の調子はさほど悪くはない。
「寝不足ですか? 体調管理がなっていませんね」
ヴァネッサ邸での朝食の場。朝食をダイニングのテーブルにセッティングしていたセシルが、あくびを噛み殺す浩介に、いつも通り突っ込む。それを聞きながら、浩介は悩む。
——さて、どうしよう? ジズたちのこと、セシルやヴァネッサに言うべき?
浩介はこのヴァネッサ邸の下っ端、いやいや魔女の助手(見習い)だ。上司? 主人? にはいろいろと報告しないと不味いのか? やっぱり。だけど、せっかく仲良くなったジズのことを、あれこれ勝手に彼女たちに説明するのは気が引ける。ヴァネッサは魔女だし、不思議なことに慣れているだろうけど……。
ちなみに、ジズたちは夜明けが来る少し前くらいに、姿が見えなくなった、と言うか、存在を感じなくなった。いなくなったのか、また来るつもりなのか、まったく解らない。
「まぁ、遅くまで話し込んでいたんだ。仕方がないではないか」
すでに席に着いていたヴァネッサが、さらり、と言い、浩介はぎょっとする。
——あれ!? ひょっとして、いろいろとバレてる!?
細々と説明するのは難しい(と言うより面倒くさい)とは思っていたが、アレコレ全部バレてたと考えると、ものすごくバツが悪い。とにかく、とりあえず謝っておくか!
「あの! ……これには事情があって、説明が遅くなって申し訳ないと言うか……」
急いで言葉を探していると、ヴァネッサがニヤリ、と笑みを浮かべて返す。
「そう慌てるな。別に誰も責めてなどいない。“渡るモノ”とめぐり合うとは、お前は本当に面白いな」
「……“渡るモノ”って何スか?」
「私もその“渡るモノ”と言うものに興味があります」
朝食のプレートをテーブルにセットし終えたセシルが、席に着き、横から口を挟んでくる。
「とにかく朝食をいただこう。まずはそれからだ」
ヴァネッサの声に従い、ヴァネッサ邸のメンバーは食事を始めた。
“渡るモノ”——それは、この世界とは“軸”が異なる世界の住人であるらしい。
自分たちこの世界の生き物とは、生物としての“存在感”(?)とか“生命の本質”(??)だとかが根本的に違うモノ。
そのためか、意思の疎通を図ることも難しい。と言うより、そもそも出会うこと自体がほぼない。接触した記録だけはいくつか残っていて、そう言うモノたちがいることは(一部に)周知されているが。
そんな謎めいたモノであるが故か、“その存在”を解き明かせば(?)、宇宙の神秘だとか“真理”とかが手に入る(?)、と伝えられている(?)。
魔導を志すモノも、どうやら狙っている。らしい???
「って言われてもねぇ」
朝食時のヴァネッサの言葉を、街中を歩きながら浩介は思い浮かべていた。
ジズがそんな大層な存在だとはいまいち考えられない。昨夜(正確には朝方まで)たくさん話をしたが、ただこちらと話すことが楽しい! と言う感情が伝わってくるだけ。多分、本当に純粋に会話を楽しんでいるんだろう。
悪意はまるで感じないし、無邪気な子供とまではいかないが——そう、純粋さだ。感じるのは。ただそれだけ。
とにかく、威厳なんてものはまるで感じない。“真理”だとかを手に入れる鍵みたいな扱いをされているだなんて、信じられない。
「ま、そんなことより……」
とにかく今は、買い出しを済ませなきゃならない。
今日はめずらしく、1人で近くの商店街まで来ている。言われた通りの物——新鮮なナスとレタス、あと今日の夕食のメインディッシュ(魚の切り身の予定)を、買ってこなければならない。なので、食費を収めた小さめのポーチを持たされている。もちろん、落としてしまっては大事だ。
「えっと……八百屋はそこの通りの角を曲がって……」
辺りをキョロキョロと見渡す浩介。と、車通りの向こう側に、ずんぐりむっくり体型の女の子が、ビラ配りをしているのが見える。格好はいわゆるメイド喫茶の店員の服装で、背中から見えているだけだが、かなり……いや、すさまじく“似合っていない”。
何と言うか……垢抜けていない雰囲気——ストレートに言うと、“イモ臭い”感じがしている。仕事だからその服装なのだろうが、配っている本人は『仕事だからしょうがない』ってことで来てるんだろうけど……うん、罰ゲーム感がする。
「メイド喫茶『しゃんぐりら❤︎』をよろしくお願いしま〜す」
可愛らしい声でチラシを配っている。キャンディボイスって言うんだっけ? あれ、最近同じような声を聞いたことが……。
そんなことを考えながら、その娘の横を通り過ぎようとして、チラシを受け取ろうと手を伸ばすと……。
「あ!」
浩介の顔を見た瞬間に、コスプレ娘が声を上げた。
「御屋敷の執事さん!」
と、そこでようやく、昨日、あの金ピカの像を配達してきた、ツナギ姿だった女の子だと浩介は気付く。
「あははは。偶然ですねぇ」
「あぁ、偶然だね。君って、荷物の配達屋さんじゃなかったの?」
「あれは昨日までですよぉ。元々私、短期のバイトしかしていないんで」
「で、今日はメイド喫茶、と。何だか大変そうだね」
チラシを受け取りながら、浩介は女の子と軽くやり取りする。
それにしても……じっくり見てみても、うん、やはり似合ってない。あまり身長も高くないし、太っているわけでもないが、骨太、って感じの体格。しかも、あまり体格に合っていない衣装なのだろう。
今日はキャップを被っていないので、肩くらいまでのロングの髪型が晒されている。……が、これ、ウィッグ? 色が藍色っぽい?
「あ、気付きました? 私、ホントは髪ショートなんで、こっちの方が女の子らしいだろうってことで」
髪を揺らすように、女の子はくるりとその場で回転する。顔にははにかんだ表情を浮かべている。
「連日会うなんて、ひょっとしたら縁があるのかもしれませんね! 私、船川 沙智って言います! よろしくです!」
これが、浩介と船川沙智ちゃん——浩介の初の“女性の”お友だちとの出会い、いや再会だった。