■第一章 5−4 行ったその先に
一筋の涙を流した真理恵は、子供のような笑顔を浮かべ、一言
「ありがとう」
と言って蔵を後にした。もちろん、脱いだ寝巻きを、着直して、だ。途中、寝巻きを着直すところを“何気なく”ガン見していた浩介は、話した内容はさておき、もう少ししっりと観察しておけばよかった。タイマーが付いていそうなところじゃなくて、先っぽとか。と、表情に出ないように注意しながら考えていた。
そんなこんなで真理恵が立ち去り、布団に仰向けになった浩介は改めて考えた。
先ほどの真理恵との会話。すべてを投げ出したいと思うくらいに、彼女は追い詰められていた。あんなモノを自分の体に埋め込まれていたんだ、無理もないと浩介は思った。
あんなモノ——真理恵に埋め込まれていたのは魔道具の核で、すべての魔道具を統率する要石だと、彼女は言っていた。反抗的だった魔道具たちを、どういう手段かは知らないが、使用者の意図通りに働かせることができるらしい。さらに聞くと、言うことを聞いてはくれるが、あくまで核自体に意志があり、強制的に無理やり能力を発動させるのではく、説得する、という感じらしい。
それなりに強大な力を持つ核ではあるが……核である以上、それも同じように何かが犠牲になって作られたものなのだろう。ひょっとしたら真理恵に埋め込まれた核に、人狼と何かしらの因縁があるのかもしれない。
次にセシルとのやり取りを思い出す。
彼女はヴァネッサのところに戻る前に、浩介の寝床があるこの蔵に立ち寄っている。
「何か話があるって?」
やってきて早々に、セシルは問いかける浩介の手を握り、1つの道具を握らせた。
「これは……」
「ヴァネッサ様から預かってきました」
一見短剣のように見える何か。鞘のように見える部分と、握りの部分に見える部分をそれぞれ両手で握り、引っ張ってみるが……刀身が現れることはない。ナイフとかじゃない? 別の用途があるとしても、使い方は想像もつかない。
「これ、どうしろって? って言うか、これ何なの?」
「使い慣れていないあなたでも、簡単に使えるはず、とおっしゃっていました。使い方は、相手の体にこれを突き立てるだけ。そこまで力を入れる必要もないし、問題はないでしょう」
突き立てるということは、やはりナイフとかの武器のようだ。刃は見えないが。
いろんな角度から受け取った物を見る浩介に、セシルは言葉を続ける。
「相手を刺す、ということは少し怖いでしょうけど……自分が死ぬよりもマシ、と思うといいでしょう。それでも、どう使うのかはあなた次第、とのことです」
バネッサから送られたこれは、多分人狼と対峙するときに切り札になりそうな気がする。が、刺すとか突き立てるとかに使う道具を、どう使うかって……刺す以外に使い道があるのか? ヴァネッサの屋敷でも薄々思っていたが、やはりセシルの言うこと(というよりはヴァネッサの言葉)は意味が解りづらい。
何とも得心できず、口を歪める浩介にセシルは言う。
「呼ばれているのですよね。行ってあげるといいでしょう。それで、すべてのかたが付く。そうヴァネッサ様からの伝言です」
人狼と浩介がコミュニケーションを取った前提で、いきなりセシルが(いや、ヴァネッサが、だろう)言った内容に浩介は動揺する。そう、人狼と交錯したとき、浩介は視線を感じた。あのとき、言葉は交わしてないが、浩介と人狼はコミュニケーションを取っていた、と思う。
真理恵と違い、浩介にそう言う魔道具の類が埋め込まれている訳ではない。が、浩介はこの感情がただの思い込みではないと感じていた。
多分、人狼は会いたがっている。浩介になのか、浩介があのとき装着していた《颶風》になのかは解らないが。《颶風》の考えていることが浩介に伝わってきている、という気がする。そして、人狼が示す場所も、同じように伝わってきている……と思う。
が、どういう理由で、なのかはわっぱり解らないままだ、
とにかく、明日その場所へ行ってみよう。そこで明らかになるはずだ。これがただの勘違いなのかどうかもきっと解る。
そんなことを考えながら、浩介は眠りに落ちていった。
翌朝、浩介は身支度を済ませる、早くに蔵の扉を開いた。
左腕には、昨夜真理恵から預かったままの《颶風》が装着されている。
そのためなのか、場所はどこなのかは感じてはいる。が、移動手段がない。どうしたものか、と考えながら歩き出す浩介の前に、真理恵が佇んでいた。
「行くんでしょう? 私も行くわ。クライアントとして、見届けなきゃ。それに、行かなきゃいけない気がするの。多分、このコが望んでいるんだと思う」
そう言って、真理恵は自分の胸の中心に右手を添えた。




