■第一章 5−2 すべてが泡のように消えてくれたなら
「これは神宮寺家の業であり、秘中の秘です。一族の者でも、知らない人の方が多いんです」
真理恵が語り出した内容に、浩介は愕然とする。
——はるか昔のこと。神宮寺家を含む魔道具作りの血族——その最初の1人で始祖となる男は、時空の壁を越えることができた。それは、男の固有の能力だったのかは判らないが、重要なのはそこではない。後に魔道具の核となりうる存在と、時空を超えた先で出会ったのだ。
彼らは犬科の頭部を持つが二足歩行で、しかも両手を使ってさまざまな道具も使いこなせる。知能も高いようで、姿形こそ異なるが、こちらの世界では自分たち人類と変わらない立場にいるのだろうと男は推測した。
驚くことに、そのモノたちは意志の力でさまざまなことが出来た。火や風、水流などを自在に操ることが出来、その意志の強さで、効果範囲や威力がコントロール可能。男が“魔法”だと思っていた現象を、自在に操って生活していたのだ。
なお、口の形状からこちらと同じような会話は出来ないだろう、と最初は考えていたが、彼らはテレパシーのようにお互いの考えや気持ちをやり取りすることも出来た。そこで得た情報をまとめると……彼らは男より、より高度な能力と精神性を持つ者たちだと判明した。
男は嫉妬した。元いた世界で、あれほど憧れていた“魔法”を、彼らは自在に操ることが出来る。
その気持ちすら相手には伝わっている。思考の細かいところまでは伝わらないようだが、こちらがその力を欲しがっている、という感情そのものが伝わっているようだ。彼らの憐れむような感情が伝わってきて、彼らの優しさに男の感情はさらに荒れた。
もんもんと過ごしていた男は、ふと思い出す。彼らの力を利用できる手立てが、自分の手にあることを。その手段を、相手に知られずに実行し、彼らの持つ“意志の力”を自分が使えるようにする。それこそが、彼らを“核”と化し、さまざまな能力を発揮するモノ——一族の魔道具作りの歴史が幕を開けたのである。
「その知識が誰かに教えられたものなのか、始祖が自分で生み出した技術なのか、今となっては判りません。が、そんなことより、始祖の野望によって、その存在が魔道具作りの犠牲となる呪われた歴史が始まったことが重要なのです」
「確かに、犠牲になった者たちにすれば、堪ったモンじゃないだろけど……この前もその事情は聞かなかったっけ?」
「ここからが本題となります」
そう言って、真理恵は両の手を膝の上でぎゅっと握った。
——魔道具作りは順調に進んだ。相手は油断していた。こちらの意識は知ることができるのに、男はその能力を封じ込める手立ても持ち合わせていたのだ。
大勢が男の野望の犠牲になった。男は時空を行き来しながら、物理現象に干渉する魔道具、精神に干渉する魔道具、そのほかいろんな種類の魔道具を生み出す。浩介が装着した《颶風》も、このときに誕生している。数や種類がだんだんと充実していったが、そこで1つの問題が生じる。
魔道具たちがお互いに干渉し合って、一斉に起動しなくなったのだ。せっかく大変な思いをしたのに——あくまで男にとってだが——すべてが無にきしてしまう。
男は一計を案じた。その方法は、男が生み出したものなのか、誰からか提供されたものなのかはやはり判らない。どちらにしても、非道な手段であることに違いはなかった。
その手段とは——男の血筋の者を、魔道具たちを律する“要石”にすること。子なのか配偶者なのか兄弟姉妹などの血縁者なのかはやはり判らないが、その者の体に統率用の魔道具を埋め込み、魔道具たちの男の一族に対する反抗心を抑え込んだのだ。
以降、男の子孫は代々、誰か1人を犠牲にして、こちらの世界で魔道具の大家として名を馳せることとなる——。
「解りますか。始祖は必ず、代々血縁者を生贄として捧げてきたのです。犠牲になっている者の意志は、関係ありません。物事が判らない幼い頃に、有無を言わせず体に埋め込むんです。一族の“業”を体現する魔道具を」
「それはどこに……その犠牲って……」
真理恵は語りながら、シャツ状の寝巻きのボタンを、1つずつ外ししていく。
「もう判っているでしょう? 今代の“生贄”は私。これが、神宮寺一族の業を背負った者の姿です」
立ち上がった真理恵の肩から、ボタンを外された寝巻きが滑り落ちる。
美しい裸身だった。抜けるような白い肌で、ロケットおっぱいだと確信していた柔らかそうな胸は、先端まで美しい曲線を描いている。同じく腰回りもきれいなカーブを描いていて、隠部には年相応の陰り。綺麗だ、と思ったが、同時に浩介は言葉を失う——強烈な違和感がある。真理恵の両乳房の間、胸骨の中心に、10センチほどのルビー色の宝石が埋め込まれていた。なまじ真理恵のポロポーションが美しいだけに、ルビーの違和感がすごい。
真理恵は、すべてを諦めているかのような生気のない表情をしている。
「すごくヘンテコでしょ? 私の体って。こんなものを、ちっちゃい頃からずぅっとくっ付けてるんですよ?」
真理恵が不器用に、無理やり笑顔を浮かべる。
「一族がやっていることが、『いいことだ』とか『間違っていることだ』とか、正直どうでもいいんです。気が付いたときには、私は一族の業を背負わされていた。
一族のみんなも、この業を憎んでいる——次期当主って持ち上げておいて、生贄にするつもりなんですよ? 何が一族の“姫”ですか。本家の跡取りって、代々成人して数年くらいで命を落としている。そうなったら次の“姫”を作り出す。使い捨ての道具みたいに!
一族みーんな、この業を嫌っているくせに、この“業の象徴”と言える核がなきゃ、一族の使命を果たせない。最初から! 始祖がこんなことを始めた時から! 破綻してるんですよ! このクソみたいな一族は!
……全部なかったことにならないかな、なんてずっと思ってたんですよ。泡みたいにパチンと弾けて、丸ごと、私の体とか存在とかもまとめて消えちゃったらなって」
真理恵が毒を吐きながら、静かに涙を流していた。これは心の悲鳴だと、浩介は感じていた。彼女に何を言えばいいのか思い浮かばない。でも、何も言わないわけにはいかない。
「確かに、真理恵の一族については、なんと言っていいか判らない。非道だと思うし、真理恵に対しても、中途半端な慰めを言うのも間違っていると思う。
それでも……俺は真理恵を守ることにするよ。だって友達だからな」
と、魔女の新米助手である浩介は、らしくない格好付けたセリフを吐いた。




