■第一章 3−4(閑話) 仄暗い揺籠(ゆりかご)の中で
本日のラストです。
まさか返り討ちに遭うとは、思ってもみなかった。
油断したせいだとは、自分でも思う。あんな細身の、若い女に邪魔されるなんて。
“こちら側”に来るときに、体は固く、強靭に変じているのだ。こちらの世界の武具を持ち出してきたとしても、そう簡単にこの身が傷つけられることもないだろう——と、思っていたのだが。
あのときは自分の力をそのまま返され、鋼のようなこの身に、深く傷を付けられてしまった。強力な爪はへし折られ、無尽蔵だった生命力は目減りし、今は傷を回復させるのに精一杯だ。
が、硬い体毛に包まれたこの体は、次の満月くらいを目処に、すべて元通りになるだろう。相手を切り裂くはずだった鋭い爪も、元通りになるはずだ。
この世界にも、満月はある。前と違って、月は1つしかない。おかげで、タイミングはそう難しくもない。
かなり遅くなったが、ようやく迎えに行ける。
やっと約束を果たせる。
傷は負ったが、場所は判ったのだ。
意地っ張りで、甘えん坊で、何よりも愛おしいあいつ自身を取り戻す——そのために、すべてを捨てて“こちら側”に渡ったのだ。我らの憎むべき彼奴の手法を真似て。
その結果、自分が変質してしまうことは解っていた。もう元に戻れないかもしれない、ということも。それでも、あいつがいる世界へ渡ってきたのだ。
あいつは俺のものだ、とは言わない。ただ、俺自身が、あいつといることを望んでいるだけ。あいつも同じように考えてほしいところだが……よそう。そんなことは、あいつがきちんと自由になってからだ。
あぁ、あいつのことを考えるだけで、あいつの顔を思い浮かべるだけで、痛みは薄くなるな……とつらつらと考えながら、今は暗闇の中で身を横たえるだけしかできない。
この世界の暗闇の中は、とても暖かい。多分、この世界の“陽”の力とは、相性があまり良くないのだろう。なので、その支配力の強い明るい場所よりも、よほど居心地がいい。
その世界の住人たちが、自分のようなモノを恐れていることは知っている。それはそうだろう。自分たちが及ばない、強大な力をこちらは持っているのだから。こちら側にそんな存在がやってくるなど、迷惑でしかないだろう。その感情は理解できる。
だが、文句はそちら側から渡ってきた、彼奴に言ってほしいものだ。そもそも、彼奴が非道なことさえしなければ、こちら側に渡ってくる必要もなかったのだ。
彼奴の血脈が、面々と続いていることも腹立たしい。そのおかげで、あいつを追うことは難しくなかったのだが。
我々の一族は大勢が犠牲になった。どんな理由があるにせよ、それを許すことはできない。勝手な事情に我々を巻き込んだのだ。その責を必ず取らせてやる。
が、まずはあいつを取り戻す。そこから始めよう。そう、これは俺が望むこと。自分の勝手な都合を、相手に押し付けるということだ。彼奴と同じように。
明日も投稿予定です。
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