8話 発掘者と河童と外出許可書
「今回挑むのこの隣町の迷宮の『ウークラフト迷宮』。さっき言ったように難易度はめちゃくちゃ高い」
アリベルがそう言って、地図を指さす。それをグラスとレインは真剣な表情で場所を確認し頷く。
「準備物はどうしましょう?」
レインはメモと机に広げ、ペンを片手に聞く。
「最低限でいい。一層に金になるものなんて、ないだろうしな。
だが昨日の探索でテレポートの魔石使ってしまってるから、万が一のためにもマナポーション、ポーションも準備しとこう」
アリベルは痛い出費にため息をついて、深く椅子に腰掛け、腕を組む。
「これだけで、もう8か月分の稼いだお金のほとんど使い切ってしまいますね」
レインもそう言ってガックリと肩を落とした。
「しょうがない。安全第一だ。あと武器は各自で用意してくれ。グラスは杖は持ってきてくれればいい」
「以上だ」とアリベルはレインのメモを受け取り、持ち物の抜け落ちがないかチェックをはじめる。
「そういえばあの学園は遠征と外泊はOKなんですか?」
アリベルがチェックしている間に、手持ち無沙汰なレインが雑談がてら、グラスに質問する。
「あ、はい。私たちの学園では教授から許可をもらって、制服とバッチを置いていくことになりますがそれで遠征、外泊可能です」
「それは簡単にもらえるものなんですか?」
レインの問いにグラスは笑顔で頷く。
「大丈夫です。もらえます」
「なら良かった」
そんなどうでもいい話に花を咲かしている間に、アリベルは持ち物をチェックし終え、メモをレインに返す。そして荷物を肩にかけ、立ち上がる。
「じゃあ、その許可は明日までにもらっていおいてくれ。明日朝8時にこの喫茶店集合だ。そして隣町で宿泊して、明後日、迷宮に潜るぞ」
そのアリベルの言葉に、グラスの表情は緊張のためか固くなる。
「グラスさん。大丈夫ですよ。スイレン草を採取するだけなら一時間もかかりません」
レインのその言葉にアリベルもうなずく。その言葉にグラスも表情を和らげるのであった。
「じゃあ、これで打ち合わせは終了だ。早く帰って、寝よう」
その言葉を皮切りに2人も立ち上がり、会計を済ませ外に出た。
「じゃあ、わたしはこれで」
グラスは頭を下げ、帰路につく。陽は落ちたが、街は、まだ学生や住民たちで賑わっている。
「お気をつけて」
レインはそう言って笑う。
「今日はいろいろあったから明日向けて、早く寝ろ」
アリベルは最後に「おやすみ」と言った。
グラスはアリベルとレインの言葉にうなずき、笑う。
もう一度頭を下げて、グラスは足早に学園に帰っていった。
グラスが見えなくなるまで見送った後、アリベルとレインも家に向けて歩き出す。
「いやー。いい子でしたね」
レインは手を頭に回しながら言う。
アリベルは神妙な顔で顎に手をやる。
「あぁ。・・・だからこそ解せない。スイレン草なんか普通なくなるはずがない」
「やっぱりそうですよね。スイレン草なんて雑草ですよ」
レインもアリベルに同調する。
(在庫を元々もっていない。ならわかる。スイレン草はそれくらい役に立たない植物だ。しかしグラスによれば最近まで100kgもの在庫があったという話だ。それがなくなるのは不可思議としか言いようがない)
「それに気づいていたか?あの喫茶店にいた客」
「あぁ・・あのフードの人たちですか。あからさまに怪しいですよね」
「ずっと魔法の気配を感じていたから。おそらく盗聴系の魔法をかけていたんだろう」
アリベルの言葉にレインは驚きの顔を見せる。
「本当ですか、アリベルさん!?私は魔法の感覚は鈍感なんでわからなかったです・・・なんかきな臭いですねこの事件」
レインは心配そうに「なにもないといいんですけど」と呟いた。それに対してアリベルは元気づけようとレインの肩をパンッと叩く。
「大丈夫だ。俺らより強い人間はいない」
アリベルの力強い言葉にレインは表情を崩す。
「そうですね」
レインは片手を大きく上げ、「がんばるぞー!!」と大声で自分を鼓舞する。
気合をいれるレインを前にアリベルは「あっそうだ」とつぶやき、立ち止まる。
「全く人が気合い入れているときに・・・どうしたんですか?アリベルさん」
「あ、いや帰る前に行きたいところがあってな」
「どこにいくんですか?」
「図書館だ。ちょっと調べ物するぞ」
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「どういうことですか!?」
少女、グラスは叫ぶ。その表情は緊迫していた。
「だから外出許可は出せないと言っているんだ」
ひげをはえた白衣の男は煙草を煙を吐きながらそう言った。
「なんで・・・今までそんなことをなかったのに。理由を教えていただけますか。リュー教授」
グラスは男に近づき、睨みつける。
「今は危険だと判断した。盗賊に襲われたの忘れたのか?」
男の表情は冷徹でグラスも言葉を詰まらせる。
「大丈夫です!!心配いりません」
「だめだ。許可できない」
間髪入れないその様子にグラスはため息をつく。
「・・・わかりました」
見切りをつけ、少女は踵を返し、早足でドアノブに手をかける。
「どこへ行く?」
男はグラスを呼び止める。
「・・・」
グラスはその質問に答えず扉を開ける。
「ほかの教授に外出許可をもらおうとしても無駄だぞ」
グラスは男の方を振り返る。男はにやりと笑っていた。その表情はゆがんでいて、欲にまみれていた。
「失礼します」
緊張する体を無理やり動かし、ドアを閉め、退出する。
続いて行くのは信頼に足る数少ない平民出身教授。イフェリア教授。
彼なら、と期待しながらイフェリアの研究室に入室した。ミントの香りがグラスの鼻孔を刺激する。
「どうしたんですか?グラスさん」
イフェリアは笑顔でグラスを迎え入れた。
グラスは外出許可書がほしいこと、なければ卒業研究ができないことを話し、外出許可書を書いてほしいと頼んだ。
しかし彼は申し訳無さそうな表情を見せ、彼女に頭を下げる。
「・・・外出許可書は出すことはできません」
「どうしてですか?」
グラスは絶望を覆い隠しながら彼に問う。
その質問にイフェリアはバツの悪そうに答えた。
「ある教授から出すなというお達しがあって平民の僕では突っぱねることができないんです」
イフェリアは頭を下げ、表情はわからない。手はかすかに震えていた。
「わかりました。ありがとうございました」
グラスは頭を下げ、イフェリアの研究室のドアノブを握る。イフェリアは「グラスさん。」と呼び止める。
「グラスさん。あまり焦るんじゃない。研究が完成しなくても、これまでの研究成果を発表すればなんとかなるかもしれない」
イフェリアは優しい顔でそう言った。グラスは「失礼します」と言って部屋をあとにした。
「はぁ・・・」
少女は床にぺたりと座り込む。
外出許可書
それがなければ迷宮に潜るができない。
「なんとか外出許可書を手に入れないと」
少女は両手で頬をたたき再び歩き出した。
朝になる。
「グラスさん来ませんね」
レインはオレンジジュースのストローをくわえながら退屈そうにつぶやく。
すでに時計は10時を過ぎていた..
「まぁ、遅刻くらい誰でもするだろう」
「そうですけど・・・グラスさん遅刻なんてしなさそうじゃありませんか」
「たしかにそんなタイプではなさそうだって・・・お。噂をすれば、来たぞ」
少女慌てた様子で喫茶店に走ってくるのを指さしながら言った。
そしてガチャリと扉が開かれる。
「すいません」
「遅刻についてはもういい。行くぞ」
アリベルは笑顔で立ち上がる。レインもオレンジジュースを飲みきり、バックパックを担ぐ。
「いやそうじゃないんです」
グラスは言いにくそうに口を開いた。
「???。どういうことだ」
アリベルは意味がわからず首を傾げるしかない。
「外出許可書がもらえないんです」
ことの経緯を少女が話す。
「なるほど。どの教授も外出許可書をもらえなかったのか」
「はい。会える教授全員に聞いて回ったのですが・・・」
少女は視線を落とす。表情には悔しさが、手は震えていた。
自分とレインで行くことも考えていたアリベルだが、悔しそうにしているグラスを見て、意を決したように口を開く。
「うーん。しょうがない。奴に、もらいに行くか」
その表情にはあきらめを感じさせた。
「あぁ・・・あの人ですか」
レインも渋い顔をする。
「あの、あの人って何ですか?」
「グラスでも知っているだろう。リメインっていう教授。そいつに外出許可書をもらいに行くぞ」
アリベルとレインは立ち上がった。表情はとんでもなく嫌そうだった。