7話 発掘者と河童とパーティー
詳しい話は、街で話そうということでアリベルたちは街に向けて歩き始める。
「・・・・」
言葉数は少ない。足音だけが響く。少女、グラスは特に集中力がなく、ぼんやりとしていた。
「どうしました?グラスさん。元気がないようですけど」
レインはそう言って小首をかしげる。アリベルも立ち止まり、少し遅れて歩いているグラスを待つ。
「いや・・・私さっきアリベルさんたちいなかったら死んでしまっていたんだなって今更思って」
グラスはそう言って笑う。空元気なことは誰の目から見ても明らかだった。
「まあ、しゃーないじゃねぇの?あいつらも言ってただろう。あの学園に恨みを持っているやつとか、研究成果を盗み取ろうとしているやつはたくさんいるんだよ」
アリベルは頭を掻きながら言う。
「恨み・・・ですか」
「あぁ、逆恨みだけどな。気持ちはなんとなくわかる」
アリベルはそう言って自嘲気味に笑った。
「『発掘者』という職業があったのは知っています。そしてその職業が危険で、その職業をなくしたのも産業革命の恩恵だと習いました」
「なくなっていませんけどね。私たちはまだ発掘者ですから」
レインは唇を尖らせながら、口をはさむ。その言葉にグラスは「あ、すいません」と謝る。
「学園や企業によって開発、発明された魔法道具が、迷宮へ潜って得ることができるほとんどの魔道具の性能を上回るようになった。その結果、見つければ一攫千金とも言われていた魔道具の価値は大暴落。
そしてその結果、発掘者の仕事は、なくなった」
アリベルはそう言って一息つく。気温は下っていて、吐く息は白い。
「しかし、発掘者という職業はとても危険な職業だと言われていましたよね?危険な迷宮に潜らなくてよくなったのはいいことじゃないんですか?」
「それがいいことばかりじゃなくなかったんですよ」
グラスの疑問に、レインはそう言ってやれやれと首を横に振る。
「発掘者と言う職業がなくなったということは沢山の失業者が出たということだ。
俺ら発掘者は財産はないし、学もない。文字が書けないのは当たり前。中には読めないやつもたくさんいた。そんな奴らの最後のセーフティネットが【発掘者】という仕事だったんだ。
そんな職業にしがみついたやつらが、職を失ったから、はい再就職できるとおもうか?。大量に餓死だしたし犯罪者も大量に出た」
アリベルは「さっきみたいなやつらがな」と付け足す。あの時期を思い出したのかレインの表情も暗い。
「・・・」
少女は黙る。自分がやっていることが世のため、より豊かにするためになっていると疑ってなかった少女にとって衝撃の事実だった。
正しいことが本当に正しいとは限らない。
「まあ、要するに逆恨みだよ。気にすんな」
そう言ってアリベルは笑みを浮かべ再び歩き始めた。
街に戻るまで三人の会話はなかった。
アリベルたちが向かった先は、アリベルたちがいつも行くような酒屋ではなく、小さな喫茶店だった。既に日は落ち、やさしい暖炉の光とろうそくの灯がぼんやりと部屋を明るくしていた。
「さて、日程を考えようか。まず状況を整理しよう。グラスが欲しいのは、スイレン草、間違いないな?」
アリベルがそう言うとグラスは首肯する。
「オッケーだ。そしてスイレン草はどこにも、学園にもないと」
「はい・・・一昨日までは100㎏以上の在庫はあったと思うんですけど」
グラスはギュッと拳を握りながら話す。
「了解。理解した。スイレン草がなくなるなんて状態は確かに想像できないな」
「仕方ない」と言ってアリベルは国内の地図を広げる。そして地図のある町を指差す。
「幸いなことに、この近くの町に植物のほとんどが生えているといわれている迷宮がある。」
そういうと、グラスの顔がパァっと明るくなる。
「しかし、はっきり言って難易度は高い」
アリベルは手を組みながらそう断言する。
「どれくらいの難易度なんですか?」
グラスはおずおずと聞いてくる。それに対してアリベルは指を1本立てる。
「10%。生存確率がだ」
グラスの顔が青ざめる。同時に、そんな危険な場所に自分の研究のために潜ってくれることに申し訳なく感じてしまった。
「大丈夫だ、昔と違って別にお宝を探しに行こうと考えているわけではないからな。スイレン草くらいなら一層で採取できるだろう」
「まあ、私たちは一層で死にかけましたけどね」
レインがそう無駄口を挟んでくる。
そのレインに向けてアリベルはデコピンをお見舞いする。
ペチッという間の抜けた音を出すが威力はかなりのもので、レインは「あいた!!」と悲鳴を上げ、おでこをさする。そして「ごほん!!」と咳払いを1つ。
「ま、まぁ、俺たちには火魔法を使えるやつがいないからな。かなりきついんだ。だが大丈夫だ多分」
心配そうに見つめるグラスを安心させようと、アリベルは言う。
グラスは手を小さく上げ、おそるおそる口を開く。
「あの・・・私、火魔法使えますけど」
レインの目はとたんに輝きだす。
「いいですね。アリベルさん、グラスさんに同行してもらいましょうよ!!」
アリベルの肩をレインはグラグラ揺らす。
「あの雑魚盗賊たちに追い詰められてたやつなんて連れていけない」
アリベルは否と首を振る。その反応を見てレインは口を尖らせる。
「いやいや学園の生徒ですよ。きっと強いですよ」
「研究者だぞ、学園の生徒は騎士でも傭兵でもない・・・グラス、火魔法どれくらい使える?」
アリベルはグラスの方を向いて質問を投げかける。
良くて中級魔法ぐらいだと考えていたが、グラスは違った。
「炎龍までなら」
そういうと、レインとアリベルは驚愕の表情を浮かべる。驚きのあまり立ち上がる。勢いのあまり椅子がガタンと倒れる。
「火の最上級魔法だと!?専門外でそれだけって、学園のやつらは、どんだけ化け物なんだよ!!」
アリベルは興奮気味に言うと、グラスは慌てて首と手を振って否定する。
「いえいえ!!学園のみんなが使う魔法は初級クラスの魔法くらいです」
グラスがそう言うと、レインとアリベルは安心した表情を浮かべ安堵した。
「まったく・・・びっくりした」
アリベルとレインは椅子をなおし、座る。
「でもそんなグラスさんはなんであんな盗賊に追い詰められていたんですか?」
「そうだな。あんな奴ら、一撃だろ」
レインとアリベルはそう疑問を投げかける。
「・・・はじめて襲われて、人に。そしたら魔法がうまく使えなくて」
グラスはそう言って、笑おうとする。しかし涙がこぼれ出る。彼女の涙は止まらなくなった。
「すいません・・・涙が止まらなくなって」
そう言って彼女は嗚咽を漏らしながら泣き始める。その泣き声は小さく静かな喫茶店では響く。
「いや、しょうがない。そうか、そうだよな」
アリベル、レインは忘れてしまっていた。技術があれば、強い魔法があれば敵を殺すことができると錯覚していた。
しかし目の前にいるのは17歳の少女の学生なのだ。
そんな争いに縁のない生活をしていた少女にむけて、たくさんの殺意を持った男が襲ってくる。
そんな状況で冷静に、魔法を使うことはできる者は学生ではいないだろう。いるとしたらそれは、とびきり優秀な者か、頭のネジが外れた者だ。
「俺たちで迷宮に向かうぞ」
「そうですね」
少しの間が空いたのち、アリベルがそう言うと、レインは反論せずうなずいた。
今度は少女を連れて行こうとは、レインも言わなかった。
「いや、私も行きます!!」
涙で顔をくしゃっとしながら、少女は勢いよく宣言する。
アリベルとレインは突然の大声にビクッと肩を震わせる。
「いや、無理しなくても」
「無理してないです!!」
アリベルの言葉にかぶせて少女は言う。
彼女の熱意に惑わされないようにアリベルはアイスティーを口に含む。
「・・・俺たちとしては火の上級魔法を使える人がついてきてくれるのはありがたい。だが今回みたいにパニックになって火魔法を使えないとなったらはっきり言って迷惑だ」
アリベルはわざと突き放すように言う。
「迷惑はかけません!!・・・ようにします」
やはり自信はないのかグラスの言葉尻は弱っていた。
「グラスさん。死ぬかもしれないんですよ?」
そういうレインは珍しく真面目で、グラスのことを心配していた。
「わかってます。でも」
少しの静寂。
涙を服の裾で拭って、顔をあげた。
「アリベルさんたちだけ危険な場に立ち会って、自分はなにもできず学園で待っている。そんなの・・・私が私を許せません」
その紅の瞳には覚悟があった。決死の覚悟でも捨て身の覚悟でもない。誇りを失わないようにという、強く、気高く、尊い覚悟だった。
その表情を見たアリベルとレインは顔を見合わせて、笑みを浮かべながら肩をすかした。
「そこまで言うなら、連れていくしかないな」
「そうですね」
「え、じゃあ・・・」
アリベルはとレインは頷く。
「暫くだが、よろしくたのむ」
アリベルはそう言って笑って、手を差し出す。
「一緒に頑張りましょう!!」
レインはそう言って笑いかける。
その手を少女、グラスはとるのであった。
こうして彼らは臨時パーティーを組む。
三人の高難易度の迷宮探索の始まりである。