6話 発掘者と河童と学生
守衛に連絡し、連れていかれていく六人の男たち。
かつて同業だった男たちをアリベルとレインが複雑な目で見送った。
どんどん姿は小さくなり、やがてその姿は見えなくなっていった。
アリベルとレインはふぅと息を吐く。
「あの・・・」
アリベルとレインが声のあった方向に振り向く。声の主は発掘者崩れに襲われていた学生の少女だった。
見た目は整っていて黒髪の短髪。そして特徴的なのは深紅の瞳。そしてさっきまでの涙で、目元はまだ少し赤かった。
「ありがとうございました」
少女は頭を下げる。
「なんで一人で湖にいたんだ?観光か?」
アリベルは少女に質問する。
街の外の湖で一人、それも戦うノウハウもない学生が一人。というのは不用心というほかない。
「いや、スイレン草が欲しくて・・・」
「スイレン草ってあれか?夏に生えてくるあの雑草のことか?」
アリベルは夏、頭を悩ませる畑に生えてくる雑草を思い出しながら言う。グラスは「はい」と言って頷く。
「そうですね。でもあれ夏ですよね。シーズン。冬はどこにも生えていないと思いますよ?」
レインは首をかしげながら言う。
「あぁ、やっぱり・・・そうですよね」
そう言って、少女はへなへなと地面に座り込む。その様子を見てアリベルとレインは顔を見合わして、アリベルが少女の近くに寄って服装を確認する。
「見たとこあそこの大学の学生だよな」
アリベルは頭を掻きながら言う。
「は、はい、申し遅れました。魔法国立中央大学・高等部、グラス・ミーシャです。平民なので家名はありません。よろしくお願いします」
少女、グラスはもう一度頭を下げる。
「あそこの大学の学生なら素材、何でも揃うだろ」
アリベルはそういうと、少女・グラスは目線を下げる。
魔法国立中央大学といえば、この国いや、この世界の中でも1番の学校である。そんな学校が夏だったらいつでも採集することができるスイレン草の在庫を持っていないとは思えなかった。
「いやそれが・・・なぜか在庫がなくなっていて」
「在庫がないってまじかよ」
アリベルは驚いた表情を見せる。
「スイレン草なんて市場で売られるようなものでもないですしね」
レインは腕を組みながらうーんと唸る。
スイレン草は雑草であり、薬にも染め物に使うものでもなく使い道は全く無い。そのため市場で扱われていない。
「スイレン草が研究に必要だったんですか?」
レインがグラスに聞く。その質問に対してグラスは首を縦に振る。
「卒業研究に必要な素材だったんです・・・」
「べつにあと三か月たてば、スイレン草なんて入手できるだろ」
アリベルも一応周りを見渡して探してみるが、やはりスイレン草は一本も見当たらない。
「三か月後には、もう研究発表です」
グラスは下を向く。声はとても暗かった。
「なるほど・・・」
アリベルはそれ以外何も言えなかった
魔法国立中央大学。
その名は世界中に知れ渡っている学校である。入学するのも倍率30倍の壁を乗り越えないとならない。
そして入学しても、コネと実力社会で、コネ・権力を持たない学生は研究成果が求められる。
高等部から大学部に移る際、学力検査の代わりに研究発表が行われている。研究が認められない場合は、研究室に入ることができない。その場合、もう一年高等部で学業に勤しむか、退学の二択を迫られることになる。しかし、ただでさえ高い学費を、もう一年払うことは一般市民では厳しいこと、もう一年やっても進学できる保証がないことから、殆どが退学を選択する。そのため平民で大学部まで卒業できる学生は50%と言われている。
つまりこの学生グラス・ミーシャは退学の危機が迫っているのだ。それも実力不足でも準備不足でもない、大学の素材の在庫切れという理由で。
「アリベルさん。あそこになら生えているんじゃないんですか」
そんな状況に追い込まれているグラスを哀れに思ったのか、小声でアリベルに話しかける。
「あそこっていうと、どこだよ?」
「『ウークラウト迷宮』ですよ」
「あーあそこか・・・」
アリベルは顎に手を当てて考え込む。
「でもな・・・俺らあそこ大の苦手だっただろ。前行ったとき、十分でピンチになって、逃げたの忘れたのか。下手したら死ぬぞ俺たち」
「うっ・・・それを言われる何も」
アリベルにぐうの音も出ない正論を言われ、レインも渋々あきらめる。
既に日も傾き、オレンジ色の空になっている。
アリベルが帰宅の準備をはじめ、レインもそれに従って、準備をし始めた。
アリベルたちを見て、グラスもいそいそと帰る準備を始める。
「これじゃ・・・研究が、野菜がどこでも美味しく作れる土の研究が」
少女、グラスが独り言にようにつぶやく。
河童はその言葉を聞き逃さなかった。レインの目の色が変わる。
レインはグラスの肩をポンと叩く。
彼女が振り向くとレインが決め顔で親指を立てていた。
「任せてください、グラスさん。私たちがスイレン草をとってきます!!」
「えっ!?」
彼女は驚いて目をパチクリさせている。
「おいバカ。行けるわけないだろ!!」
アリベルは焦ってレインを止める。
「いや行けますよ。今の私たちなら」
「行けるかもしれんが、リスクが・・・」
「リスク、リスクってアリベルさんいつからそんな安定志向になったですか!?発掘者なんていつでも死ぬ職業でしょ!!」
レインの言葉にアリベルは声をつまらせる。
(確かに最近安全に安全に・・・と作業のように仕事をしていた気がする)
思い当たる節があるが、それでもアリベルはレインに反論しようと口を開く。
「いやそれには報酬があるからで・・・」
「報酬は!!」
アリベルの言葉を遮るようにレインが言う。
「報酬は・・・今は少女の笑顔だけです。しかし、もしグラスさんが研究を成功させたら、私たちはさらにおいしいキュウリが食べることができます」
レインがそう言って親指を立てる。アリベルは頭を掻きながら少し考えて笑みを浮かべた。
「全くお前は・・・わかったよ。おい、グラス」
そして少女・グラスの方を見て言った。
「は、はい!!」
「俺たちがスイレン草をとってきてやる」
そう言ってアリベルはレインの頭をポンポンと叩く。レインはやる気満々だ。
「あ、ありがとうございます!!」
思わぬ展開にグラスは頭を下げるしかない。
「感謝も欲しいが、感謝が目的ではない。俺たちはグラスの研究に投資することにした。どうもレインにとってグラスの研究は命を懸ける価値があるらしい」
「命を・・・かける?」
少女は首をかしげる。スイレン草を採取することに、どこに命を賭ける要素があるのかわからなかった。
「自己紹介がまだだったな。俺はアリベル・ルード、発掘者だ」
「私はレインです。アリベルさんの補助をしています」
「俺たちが迷宮から採取してやるよ。命を賭けてな」
彼らが迷宮へ、もぐる理由。命を懸ける理由。
それは世界を救うため、少女を助けるためなどの高尚な理由ではない。
ただおいしい野菜を食べたいから。
彼らにとってはそんな理由で十分なのだ。